第十話 前日
「いいでしょう、このチョコ!」
「いや、俺は興味ないし…」
「なんですか、貰えないからって強がってるんですか?」
「違えよ!」
部屋の奥のイスに座りながら、宗谷先輩は叫ぶようにツッコミを入れた。
「じゃあ、先輩は今年何個貰ったんですか?」
「…ゼロだけど」
「…ぶふっ」
「笑うなよ!」
相変わらず今日もツッコミのキレが素晴らしい。この人の前でなら、俺も満足にボケられるというものだ。
時刻は午後の十時過ぎ。俺と宗谷先輩は、俺の自室で毎日恒例となっているトークをしていた。
「そういえば…」
バレンタインの話をするのが嫌になったのか、宗谷先輩は話題を転換した。
「なんですか?」
「明日からもう、武野はいないんだな…」
「そうですねえ、羨ましいですか?」
「ああ、めっちゃ羨ましい」
先輩の言う通り、明日から俺たち高一生は修学旅行へと旅立ち、寮には残らない。なんだかんだ言っているうちに日は過ぎて、もう楽しい行事は目前に迫ってきていた。
「どこ行くんだっけ?」
「もう、先輩たちも去年行ったでしょう? 鳥頭なんですから、先輩は」
「言い方が辛辣だろ…ちょっと確認したかっただけだよ」
宗谷先輩はツッコミ疲れからかげんなりした様子で言った。さすがにボケすぎただろうか。
けれど、それでも宗谷先輩は続けた。
「北海道だっけ」
「そうです、北海道です!」
シルクのような雪と舌がとろけるような食材の数々、我らが香川とは月とスッポンの国、北海道。うちの学校が毎年行っている修学旅行の行き先だ。
北海道は幼少の頃に一度行ったことがあるが、断片的な記憶しか残ってない。なので、ほとんど始めて行くようなものなので楽しみだ。
宗谷先輩も自分の修学旅行に思いをはせていたのか、遠い目をしていた。そして、なにかを思い出したように体をびくっと震わせると、俺に言った。
「そうだ、お土産買って来いよ」
「なに買ってこればいいんでしたっけ?」
「ロイズ生チョコ。たぶん、どこにでもあるから」
いちいちボケているのも面倒なので、俺は素直に頷いた。お土産を買って来いという話なら、嫌というほど聞いたからな…。
「おーい、そろそろ部屋戻れよー」
「「はーい」」
そこでちょうど、巡回に来た寮監が他室訪問の時間の終了を告げるように、部屋に顔を覗かしてきた。
「そろそろ、お開きですね」
「そうだな」
宗谷先輩はイスから立ち上がり、部屋の扉の前まで歩いてくる。
「修学旅行、楽しんでこいよ」
「はい、先輩よりも」
まるで餞別のように言ってきた先輩のその言葉を、俺はいつものように軽口で返した。
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