第九話 やっと

 気が付くと、時刻は六時を回っていて、そろそろ帰ろうと俺たちはヴィレヴァンを出た。


 商店街からしばらく歩くと、香川の駅の中心地である高松駅がある。そのすぐそばでは高松築港駅があり、この二つがあれば、香川県内であればどこにでも行ける。双葉は高松駅から、俺は高松築港駅から帰るので、到着すれば、そこで解散になるだろう。


 俺と双葉は街灯や店の明かりで照らされた道を歩きながら、一抹の寂しさに見舞われていた。いや、双葉はそうなってはいないかもしれない。


 もうすぐで、デートも終わりか…。


 そう思い、俺はほうっと息を吐いた。冬の寒さはまだまだ本格的で、俺の吐いた息は白く染まった。

 話しながら歩くこと十分ほどで、高松駅が見えてきた。

 空を見上げると、すでに星が燦々さんさんと輝くほど暗くなっていた。


「オレ、築港駅まで送っていくよ」


 駅の前まで来ると、突然双葉はそんなことを言い出した。


「なに言ってんだよ!? 俺がお前を改札まで送ってくよ! 彼女に見送られるとか、どんな罰ゲームだ!」


 そんな事態が起こってしまったら、俺は男としてなにかが終わるんだと思う。尊厳とか、自尊心とか…。

 だが、どうやら双葉はどうしても俺を送っていきたいらしく、頑なに送られようとしなかった。だけど、俺も譲るわけにはいかない。体全体を使って双葉を高松駅まで送っていこうとした。そして――。


「ごめん…」

「いいよ、そんなに気にすることないと思うけど」


 結局俺は双葉に押し切られて、高松築港駅まで送ってもらうことになった。高松駅から歩いて二分くらいなので、対した距離はないのだけれど、それでも俺は複雑な気持ちで駅へと歩いていた。


 それにしても、もう終わりか…。


 俺は再びデートが終わることに、寂寥を感じていた。永遠に別れるわけでもないのに、これからぽっかりと心に穴が開いてしまうような、そんな気分に。


「…ねえ、武野」

「ん? なんだ?」


 双葉に話しかけられ、俺がこんな気持ちになってしまっていると悟らせないように、できるだけ落ち着いた声で返事をすると、彼女とは思えないくらいしおらしく言った。




「もっと恋人らしいこと、しない?」




 双葉はそっとその小さな手を差し出してきた。

 俺は、その手を自分の手で抱きしめるように、指を絡めて、固く繋いだのだった。

 一気に体が火照って来る。さっきまで冷たくなってしまっていた俺の心は、日に照らされたように温かくなった。


 信号を渡り、双葉の方を見てみると、彼女は余った左手で目元をぬぐっていた。


「えへへ…泣きそう」

「…そうか」


 今まで何度も手を繋いできているであろうに、双葉は俺が初めてのことであるかのように喜んでいた。

 しかし、もうすぐ目の前には、高松築港駅があった。繋いだのはいいけれど、あと数秒もすれば、この手は放してしまうことになるだろう。

 俺がどうしてあげたらいいのか考えていると、双葉は照れくさそうに、また冗談をいうようにして言った。


「このまま、高松駅まで送ってもらおうかな…なんて…」

「じゃあ、そうしよう」

「え!? 嘘!?」


 もう駅の入り口というところまで来て、俺は双葉を引っ張りながら、踵を返した。


「あははっ! ここまで来た意味ないじゃん!」

「そうかもな!」


 俺たちはこの時間がどうにも楽しくて、うれしくて、そして幸せだった。

 ちょうど、この時だったんだと思う。


 俺はやっと、杉下双葉が自分の彼女なんだと、実感したのだ。

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