第五話 ズボン

 ズボンについてしまったシミは取れるはずもなく、このまま一日を過ごすわけにもいかないので、俺たちは瓦町駅の上階に新しくできた、瓦町フラッグというデパートに行って、新しくズボンを買うことにした。

 まだ新しくできたばっかりで、全品七十パーセントオフという財布に優しいセールが偶然にもやっていて、お金が足りなくてズボンが買えないのではないかという俺の懸念は解消された。


 俺はファッションに特にこだわりがなく、今はこの恥ずかしい格好からさっさと変わりたいという思いもあって、最初に通りかかったショップに入ることにした。


「いやー…恥ずかしかった」

「うん、ドンマイ!」


 ショップに入るなり、俺は安堵の声を吐いた。クレープ屋からここまでにはやや距離があって、向かっている間、周囲の視線にずっとビクビクとしていたのだ。

 なにより、みっともない身なりをした俺の横を双葉に歩かせるのが、何だか申し訳なくて仕方がなかった。


「ごめんな、いきなりこんなことになっちゃって。服が汚れてる奴の隣にいるの恥ずかしかったろ?」

「ううん、全然大丈夫! 気にしてないよ!」


 双葉はそうやって笑ってくれたが、俺の気持ちはもやもやとしていた。


 ほんと、次からは気をつけないとな…。


 俺は心の中でそう固く決心をすると、頭を切り替えて、目の前にずらりと並ぶズボンを見た。

 たくさんのジーンンズが並んでいるが、俺には正直大きな色の違いくらいしか分からない。

 そういうこともあって、俺はフィーリングで自分の好みのジーンズを見繕って、レジへと直行した。


「え!? もう決めるの!? 早くない?」

「そうかな、こんなもんじゃない?」

「うーん…ま、いいならいいけど」


 もしかしたら、双葉はゆっくりと、俺と一緒にジーンズを選びたかったのだろうかと思ったが、その表情を見る限り、ただ気になったから聞いたくらいのレベルそうだったので、それ以上深くは掘らずに俺はお会計を済ませた。


 が、そこで俺はあることを忘れていた。


「お客様、裾はそのままで大丈夫でしょうか? よければ、こちらで採寸させていただきますが?」

「あ…あー、お願いします」


 そう、裾合わせ。長らく服なんて買っていなかったので、すっかりその存在を忘れていた。というか、試着すらしていない。


 俺は店員さんのスマイルと、双葉の忍び笑いを連れて、試着室へと向かったのだった。




 

 採寸が終わって、裾合わせをしてもらっている間、俺と双葉はショップ内を散策することにした。

 何度も言うが、俺はファッションに興味がないので、必然的に双葉がTシャツなどを見て回ることになった。


「あ! こういうのいいよね」


 そう言って双葉が指差したのは、白色のニューヨークTシャツだった。


「こういうプリントTシャツが好きなのか?」

「いや、ニューヨークがいいの。わかんない? 可愛くない?」

「…まあ、こういう柄物じゃないやつは俺も好きかな」


 ファッションに興味はないけれど、俺にだって服の好き嫌いくらいはある。派手目な色や柄の服は嫌いで、青や白といった落ち着いた色とか、チェックや文字といったシンプルなデザインとかが好きだ。無難でいいし、自分の性に合ってると思うからだ。


 きっと双葉は俺とは全く違う理由なのだろうが…。


「どんなところがいいんだ?」

「そうだねー…なんか、こう、フィーリング?」


 とにかく、不明瞭な答えしか返ってこない。この子、人生ノリとテンションで生きてるんじゃないかって思うくらいに。

 でも、そんな彼女を見ているのが楽しくもあり、彼女が楽しそうにしている姿を見ていることに幸せを感じ始めてもいた。


「一香と服身に来ると、いっつも言い合いになるんだよね。ああでもない、こうでもないって」

「へえ、そうなのか」


 俺は楽しそうに服を見る双葉を見ながら、こんな時間を過ごせることに感動を覚えつつあった。

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