真夜中の友人
@chiyoko
第1話 バスターミナルでの再会
驚いた、ほんとうに驚いたのだ。
まさか、こんなところで紀子に会えるなんて思ってもみなかった。
もしかしたら、もう顔を見ることは無いのかもしれない、と諦めかけていたので、この再会はあまりにも突然すぎた。
金曜の夜のことだ。
なんとか年賀状のやりとりは続いているものの、もう何年も会っていない高校時代の友人が結婚することになり、私はその結婚披露宴に出席するため、夜間の都市間バスに乗り、東京へ向かおうとしていた。
タクシーでバスの発車場所である駅前のバスターミナルへ着いたのは午後の十時半過ぎくらいだろうか。ポツリポツリと降り始めた雨を気にしながらバス待合室のドアを開けると、そこに紀子がいた。
どちらが先に気付いたのだろう。私が紀子の顔を見たときには、もうこちらを向いていた。大きな黒い鞄を持ち、突っ立っていた。だから、むこうが先に気付いていたのかもしれない。
紀子も驚いているのだろう。ポカンと口を半開きにして私を見続けている。見ようによっては顔が引きつっているようにも見えてしまう。
当り前か、とも思ったが、そこまで驚かなくても、と、少し笑いそうになった。
「お久しぶり、元気だった?」
そう言って駆け寄ろうとしたが、一瞬のためらいが私の足を止めてしまった。
いいのかな、と思ったのだ。近づいていいのかな。話しかけてもいいのかな。私のこと、嫌いだったりして、と。
けれど、もう、お互いに気付いてしまっている。一度は親しく付き合っていた間柄なのに、無視して、だんまりを決め込むのも大人げない。やはり声をかけるべきだろう。
そう思ったとき、私を見ていた紀子の表情が変わった。
半開きになっていた口が閉じ、横に伸びた。目も弱くではあるが笑っている。
よかった、ほっとした。私は紀子のほうへ歩み寄った。
「お久しぶりね、こんなところで会うなんて……元気だった?」
もしかしたら、まだ警戒しているかもしれない。そう思い、頑張って満面の笑みをつくり、声をかけた。
(私は何も気にしてないから。紀子のことを今でも大切な友達だと思っているの)
そういう意味合いを込めて声をかけてみたつもりだ。
それに対して紀子はやっぱり弱々しく微笑んだ後、以前と変わらない、しっとりとした口調で返事をしてきた。
「元気よ、ほんとうにお久しぶり。驚いちゃった」
「紀子、変わらないわね。二年ぶりくらいかしら?」
「そうね、それくらいは経っているわね。香織も変わらないわ」
「そお? だといいけど」
そんなことを言い合い、また微笑みあった。
そして、この後なんて言おうかと、思い迷った一瞬の沈黙後、「ごめんなさい」と、重々しく紀子が言った。私は驚くと同時に、心の中にスーッと温かいものが流れたのを感じた。
ほんの少し残っていた緊張がみるみるとけていくのがわかった。
「ううん、いいの、何かあったんでしょう? 私、これでもけっこう心配していたのよ」
「そうよね、そうじゃないかと思っていた。ごめんなさい」
そう言う紀子の目は、よく見るとうるんでいる。気がつくと私たちは手を取り合っていた。
二年ほど前だったと思う。たぶん最後の会話は電話だった。
私たち二人は同じ会社で働いていた。子供服の製造、販売をしている会社だ。
あるとき、紀子が体調不良を理由に休んだのだ。
「へえ、今日は紀子お休みかぁ」
初めは、ただそんなふうに考えていた。せいぜい一日、二日の休みだろうと。けれど「あれ、まだ今日も休みなの?」と思っているうちに一週間も経っていることに気付いた。
ちょっとした風邪くらいならそんなには休まないはず。さすがに心配になってくる。何か困っていることはないだろうかと電話をかけてみた。
「紀子、どうしたの? 風邪? 病院へは行った?」
「大丈夫、寝ていれば治ると思う」
「だめよ、病院は行ったほうがいいって。一人でつらいなら付き合ってあげるわよ」
「いいの、本当に大丈夫だから。悪いけどもう寝たいし」
「あ、ごめんなさい。あのう……何かあったらすぐ言ってね」
「わかった。じゃあ」
まったく要領を得ない返事だった。
何だか嫌な予感さえしてくる。
本当に体調が悪いのだろうか。よからぬことに巻き込まれてないといいのだけれど。そんなことばかり考え、落ち着かなかった。
けれど、嫌な予感はやはり当たった。
同じ会社で働いているとはいっても、紀子とは常に同じフロアで顔を合わせて仕事をしているわけではない。私は一階にある営業部、紀子は二階の総務部だった。
そろそろ元気になって出社してくるのではないだろうか。
そんなことを思っていた日、後ろから軽く肩をたたかれた。
振り向くと、総務部の中川さんがいた。
「ねえ、何か知っている? あなたたち、仲良かったわよね」
いきなりそんなふうに言われた。
「え、何がですか?」
「紀子ちゃんよ」
「紀子がどうかしました? 今日も休んでいるんですか?」
「会社、辞めたのよ」
「えっ、辞めた? 辞めたってどういうことですか?」
「こっちがそれを聞きたいのよ」
中川さんは眉間にしわを寄せ、トゲのある喋り方をしている。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます