イグリース王国物語 ~キルスの最期~
哲翁霊思
序章
王国にある、とある一軒の酒場。女騎士のキルスと、その配下の複数名の者は、そこで共に酒を酌み交わし、私服のひと時を過ごしていた。
その周りでは、屈強な男どもや可憐な女たちも共に騒ぎ大いに楽しんでいた。
あるものは飲み比べをしたり、あるものは博打を打ち、また、あるものは女でありながら男以上に呑むといわれているキルスを見ようと声をかけるといった具合だった。
ふと、キルスの耳にこんな話が入ってきた。
「極東の本か? どこで仕入れたんだよ」
「なに、物々交換でな」
キルスは気になり、その男二人の間に入って行く。
「なんだ? 今、極東と聞こえたが、教えてくれぬか?」
「おやエリス様、興味がおありで?」
「エリス・・・・・・あぁ! エンス一族を追い出してくれたあのエリス様か! もちろんですとも!」
そういうと、男は「気をつけて下され」と言いながらキルスの前に一冊の紙の束を出してきた。
「これが・・・・・・本? 只の紙の寄せ集めにしか見えんな」
後ろにいたキルスの部下も笑う。本来、本というものは紙を束ね、厚紙や皮で周りを装飾するもの。しかし、目の前にあるのは紙を糸で結んだだけのものだった。
「本当はこれともうひとつ、絵と共に話が書かれている巻物がほしかったのですが、いやはや、手に入りずらいものですな」
「ふむ・・・・・・これは何と書いてあるんだ?」
ページを一枚めくったところの、文章と思われるミミズのような線を指差し男に問う。
「そこは・・・・・・」
男はしばし読み解くと、文章を読みながら意味を説明した。
「『どんな物も常に移ろい行く、変わらぬものなどない。それは世も同じであり、強いお人も必ず弱まり、栄えた者も最後には滅び行く。それは、塵が風に吹かれてどこかへ消えてしまうのと同じことだ』という意味ですね」
異国の言葉など分からないエリスは、意味のみを聞いていた。
「キルス様もそのうち失脚させられちゃったりして」
もう一人の男が笑いながらそういってくる。それにキルスは頭にきた。
「何だと貴様!」
そういいながら剣を抜こうとする。女とはいえ騎士、力の差は歴然だ。怯える男に、抑えようとする部下、酒場は一瞬にして騒然とした。
部下によって剣を戻したキルスだが、そのまま酒場を出て行ってしまった。
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