シノ時
ナガス
シノイチ
彼女が目を覚ましたその場所は、自室では無かった。
わずか六畳ほどの小さな個室で、明かりと言えば白熱電球のみ。窓も無く、時計も無い。
じめっとした空気が体に絡みつき、彼女に不快感を与え、さらに床に落ちている腐敗した猫の死体が、強烈な臭いを放っていた。
この場所に監禁されて、三日目。普通ならば気が狂っている所だが、彼女は冷めた表情で猫の死体を見つめており、取り乱す事も、表情を曇らせる事も無い。
よほど強い精神力を持っているのか、それとも、もはや狂ってしまっているのか。
彼女がしばらく猫の死体を見つめ続けていると、この部屋の鍵を外す音が聞こえ、視線を扉へと移した。ガチャというノブを回す音と共に、彼女は自身の体を強張らせる。
古い建物特有の、キィという扉を開く音と共に、大きな瞳を持つ、やせ細った男が、顔をのぞかせた。
彼女と目が合うと同時に、ニヤリと笑いかける。
その表情は、笑顔と呼ぶには、あまりにも薄気味悪いものであった。
「元気?」
男は声を発した。
その声を聞いて、彼女は眉間にしわを寄せる。
「ああぁぁっ! 殺す!」
彼女は手錠で拘束されている両腕をガチャガチャと鳴らし、暴れてみせた。
しかし、膝を折られている両足では、立つ事もままならない。じたばたと暴れているその姿は、男に死に掛けの虫を連想させた。
「俺は、殺されない」
ケラケラと笑いながら、男は部屋の中へと入ってきた。それと同時に、彼女の胸の中には男に対する恐怖が、強く沸いてくる。
口では強がりつつも、彼女にとってこの男は、自分の生死を決める権限を持った、神そのものである事に、彼女も気づいていた。
「今日は、これ」
男は右手に持っていたものを、彼女の目の前に差し出した。
「これ、どうやって殺そうか」
ニタリと笑う男の表情に、彼女が恐怖するのは、当然の事だろう。
男が右手に持っているものは、どう見ても、目が開いて間もない、生まれたばかりの子犬だった。
穢れの無い、無垢な瞳が、彼女と目を合わす。
「これ、どうやって殺そう? 解剖してみる?」
「あんた、狂ってる」
男は彼女の言葉を聞いて、より一層、笑みを深めた。
男にとってそう言われる事は、暴言でも何でも無く、ほめ言葉なのだろう。
「はは。嬉しいなぁ。だけど俺は、狂ってないよ」
男は子犬を高らかに掲げる。
「今に、わかる」
「やめ!」
彼女が声を発すると同時に、男は大きく口を開き、そして、子犬を思い切り、地面へと叩きつけた。
バシンという音と共に「キャン」という小さな悲鳴が聞こえ、自身の体をバウンドさせる。
そして、彼女の近くに、転がった。
「ひっ……!」
子犬は、口から少量の血を流し、右目からは眼球を飛び出させ、ピクピクと痙攣している。
身動きの取れない彼女は、子犬の変わり果てた姿を、ただ見つめた。
「あ、やばい。死んでないね」
男はそう言うと、右足を上げて、子犬の上へと持っていく。
「駄目! 殺すな!」
「なんで? 今、すげぇ苦しいと思うよ」
男はそう言うと同時に、勢い良く、足を下ろす。
ブジュという音が、彼女の耳まで届き、男の足の下から染み出ている血液に、視線を奪われていた。
「あ……あ……なんて、事……」
「見てられないなら、視線を逸らせば?」
男は子犬を踏みつけたまま、その場にしゃがみこみ、彼女の顔を覗き見る。
それでも彼女は、男の足元から、視線を逸らす事が出来ないでいた。
「視線を逸らさないのは、興味があるからじゃないの?」
男はニヤリと笑い、彼女の顔に手を触れる。
彼女は同時に、男の顔を見た。
「素直になれよ。死に、興味があるんだろ?」
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます