人間とニンゲン

目からピザ太郎

第1話

 ある偉い学者だか誰かが言っていたのだけれど、都市というのはなかなか堅牢なもので、災害等で人口や産業が大きく損なわれても、何年かかけて自動的に元の水準に戻ろうとするらしい。人の集まる所に街ができ、都市になる。そういう場所にはそれ相応のエネルギーというのがあって、風水やら何やらじゃないけれど、なるほど、さもありなんと思えてくる。このあたりも随分荒れてしまったけれど、そのうち元の活気を取り戻す事もあるのだろうか。いや、このへんは都市と言うには少々慎ましやかだし、そんな力もないのだろうか。

 なんてことを、荒涼とした風景を眺めながら、取り留めも無く考えていると、後ろから部下につつかれた。おっと。そうだ、僕が合図しなければ作戦は始まらない。都市力学から頭を離し、仕事モードに戻る。よし。3,2,1。GO。

 

 当初の予定通り部隊を展開。断続的に響き始める銃声。事前に与えられた情報では、ここの敵兵力は貧弱だ。油断はできないけれど、難しい任務ではないだろう。気を緩めず、いつも通りやればいい。

 進む、撃つ、撃つ、隠れる、撃つ、殺す、走る、撃つ、殺す、殺す、隠れる、撃つ。

 世の中からどうして争いや悲劇は無くならないのか。子どもですら疑問に思うこの問題に、しかし明確に答えられる大人はほとんどいない。

 幸運にも、僕はこの問題にひとつの答えを得ている。世界には、人間になりすまして生きている人間ではないモノたちがいる。二足歩行で蠢き、洋服のように布をまとい、喉から発した音で意思疎通めいたことを行い、魂はない。どう見ても人間に見えるけれど、決して人間ではない。そんな奴らが、僕達に交じってのうのうと存在しているのだ。

 奴らのせいで、争いは起こり、悲劇は生まれ、ついでに僕の家族は死んだ。人間そっくりの、人ならざるモノたち。連中を一人残らず抹殺しなければ、永遠に戦争と紛争と闘争は無くならない。だから、僕はこうして、地道に奴らを殺しているっていうわけ。

 部下のひとりが被弾。近くにいた僕は火線を潜り抜け、すぐにフォローに向かう。撃つ、走る、撃つ。オーケー、軽傷だ。自分で止血するよう指示し、状況を把握。編成の練り直し。

 「マイケル、リチャードは右翼へ回れ。ダニエル、スタンリーは僕と前進。エイドリアンは後方から支援。いくぞ、GO!GO!」

 走る。撃つ、撃つ、避ける、撃つ、殺す、走る、撃つ、殺す、殺す・・・。

 

 ほどなく、僕達の部隊は担当地区の制圧をほぼ完了した。はずれの方でまだ銃声が聞こえるが、残党の追撃は他の隊がやっている。任務完了。ミッションコンプリート。ランクA、損害軽微、極めて迅速。ざっとこんなものだ。

 後処理をしつつ、あたりを見るともなく見渡す。この荒れ果てた戦場で、今日も僕は奴らを殺している。それは大事な事だと思っていたし、今も思っているけど、本当に意味はあるんだろうか。ぼんやりと、そんなことを考えながら立ち尽くす。いつになく感傷的になっているようだ。

 すぐ後ろで、短い悲鳴があがる。


 


 月曜の朝。これほどまでに多くの人々から忌避され疎まれている朝があるだろうか。いや、ない。たぶん。少なくとも、しがない会社員である俺は大いに忌み嫌っている。

 不味いコーヒーをすすり、味気ないトーストをかじりながら、テレビをぼんやりと眺める。どこぞで紛争だか内乱だか、死傷者多数。なんちゃらとかいうアイドルの熱愛発覚。こんなのが同列に並ぶのだから、笑ってしまう。もちろん俺は、そのどちらにも等しく無関心。無限に巨大な正三角関係。

 貧相な朝飯もそこそこに、家を出る。いつもの道。いつもの列車。

 満員の鉄の箱に押し込められる毎日に思う。これじゃまるでロールキャベツだ。あるいは、ピーマンの肉詰めだ。肉詰めなんて言うとあからさまだが、これはもうどう見ても肉詰めと形容する他ない。それはとても知性ある動物の姿とは思えなかった。ところで、「ピーマンの肉詰め」ではまるでピーマンという動物の肉みたいではないだろうか。

 そうして肉塊の一部を演じながら、会社に辿りつく。途中、美味しそうなケーキ屋の前を通る。いつも帰りに買っていこうと思い続けて数年、いまだ帰宅時にそれを思い出した事はない。さて、今日も働かなくてはならない。蟻のように。いや、それでは蟻に失礼かな。俺は蟻ほど勤勉ではない。

 

 一日の勤務を終え、退社。今日は残業無し。忙しいようで、一日なんてこんなものだ。行間に全ておさまる程度の一日。何の意味があるのだろう。

 駅に着いたところで、今日もあのケーキ屋を素通りしてしまった事に気付く。まただ。あの店は俺の中でいつまでも「美味しそう」なまま。決して美味しくはならない。不味くなるよりはマシかもしれない。

 帰りの肉詰めはいくらか余裕がある。料理としてはイマイチ。一様に疲れた顔をした乗客たちの間に、うっすらとした連帯のようなものが見える気がする。一心に吊り広告を凝視する青年も、携帯電話を握りしめたまま居眠りしているOLも、誰も彼もきっと一行の空白に収まるような一日を過ごしていたのだろう。人間とは一体なんなのだ。彼らの顔を眺めながら、もやもやと考える。こんな、空っぽの日々を送るために生きているはずがない。人間とは何かを考えた歴代の哲学者たちに怒られてしまうのではないか。嗚呼ソクラテスよ、プラトンよ、有象無象になり果てた我らを許したまえ。

 何がプラトンだ。疲れているとこんな適当な思考がどこまでも止まらない。早く帰りたい。風呂に入りたい。

 車両が何かの衝撃で揺れる。

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