十五花

「その後、その男と椿女はどうなりましたか?」

「ようとして行方知れずと聞いておりますよ」


話が終わり、翁が口を噤むと静寂が訪れた。

外は虫の音も途絶え、囲炉裏の火が時おり小さく爆ぜる音のみが響く。いつの間にか宵が深くなっていた。 薪をくべる翁の手のひらに、火傷跡があるのを僧は見つけたが、何も訪ねなかった。


「さて、お坊さま。年寄りは寝るのも起きるのも早うございます。失礼して先に休ませてもらいますよ」


朝方は冷えるからと、一組しかない布団を僧へ貸し渡して、板戸一つはさんだ奥の部屋に休ませる。 自らは囲炉裏のそばへござを敷き、古いかいまきに身を包んで横になった。


ご老体をそのようなところへ寝かせられないと布団を固辞する僧へ、押し付けるように布団を渡し


「なに、わしは慣れております。それに囲炉裏端の方が温かいですからの」


そう言って笑ってくれた。



***



明け方、耳慣れぬ物音に僧は目を覚ました。

女のすすり泣く声が聞こえるのだ。


身を絞るような悲しい泣き声に僧は身を起こす。

どこから聞こえて来るものかと耳を澄ました。それは外から聞こえてくる。すぐ家のそばのようである。余り辛そうに泣くので様子を見に行こうと起き上がる。


翁を起こしてはいけないと、音を立てぬようにそっと板戸を引いて開けた。


眠っているであろう翁に目をやって、はたと何かに気が付く。囲炉裏端で横になっているご老体の顔色が悪く、冷や汗を浮かべているではないか。急いでにじり寄り助け起こせば苦しそうに胸を抑えている。


「如何なさいましたご老体。しっかりして下さいませ」


「お坊さま。ここで会ったのも何かの縁と思うてこの年寄りの願いを聞いて下さらんか?」


助けてあげたいが僧は医師ではない。

老人の背をさすり、さてこの山中に人もおらず如何にして助けたものかとあわてていると、苦しい息のもと翁が僧の袖を引く。


「あれが独り泣いております。わしを椿の木の根元へ連れて行ってくださいませ」


「何をおっしゃいます。今ご老体を動かしてはますます体に障ります」


何とかできぬものかと焦りを浮かべ、老人を励ます僧に翁は微かに笑いかける。


「わしはもう助かりませぬ。寿命でございますよお坊さま。だからどうしてもあれの傍に行かなくてはならんのです」


女のすすり泣きが激しくなった。

先ほどより外にいる女は誰だろう?


「もし、外にいらっしゃる女子オナゴさま! 難儀しております! こちらへ参って手をお貸し願いませぬか!」


二人いれば翁を背負い、山を下れるかもしれぬ。

そう思いついて外にいるであろう女人に声をかけた。すると再び翁に袖を引かれて視線を落とす。


「あれにはできませぬ。一度燃えて力をなくしたのでございます。あのまま泣かせておくのは余りに可哀想です。早う椿のもとへ連れて行ってください。お頼みします」


必死に頼み込む翁の姿に、僧は何かあるのだろうと察し、翁を背負って外へ出た。

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