四花
取り残された弥三郎は、石段の上でぐったりと力なく横たわる与助を支えたまま、遠く薄明に縁取られ、濃い影と浮かび上がった山並みを不安な気持ちで見つめていた。
そこに提灯の明かりが近付いてくる。
門前の騒ぎを放っておけなかったのか、寺の僧が様子を見に来たようだ。姿から察するに、一人は老僧、もう一人の連れは小坊主と呼ぶには少々育ち過ぎた若い僧のようだ。
すでに宵へ差し掛かろうとする頃、相手の表情を窺うことは出来ないが、こちらを心配しているのが気配でわかる。
「もし、いかがなされましたか?」
弥三郎はどう説明したものか迷った。
正直にいって信じてもらえるだろうか?
「お連れ様の具合が悪そうですが、寺で休んでいかれませぬか? どれ、手をかしましょう」
何か察してくれたらしく、老僧は連れの僧に声を掛け、共に与助を運んでくれた。
老僧は寺の和尚だと名乗った。
与助の体調が戻るまでここで休んで行かれるといい。
そう言って寺の一室を貸してくれた。ようやく与助を布団の上に寝かせると、弥三郎は少しほっとした。
「おや? もしかして、弥三郎じゃないか?」
少々物が見え辛くなってきた和尚は、今まで気付かずにいたのだが、行灯に照されて浮かび上がった弥三郎の顔を見て思わず声を上げた。
老僧が弥三郎の顔を知っていたとして何ら不思議はない。
弥三郎はこの寺の近くの村の出身である。幼い彼に文字を教えたのは何を隠そうこの和尚だ。
「村を出たきり、音沙汰がないと聞いていたから心配していたよ。そうかそうか、元気にしていたんだね」
少し気まずい表情の弥三郎に、和尚は暖かい笑みを向けて喜んでいる。
「あの子は元気にしているのかい?」
思いもよらない和尚の言葉に我が耳を疑った。
あの子とは、弥三郎の想い人の事である。将来を誓い合ったが娘の心変わりで諦めたひと。弥三郎の様子から一緒にいないことを読み取った和尚が驚きに目を見開く。
「お前さんが連れて行った訳ではないのかい?」
「彼女は父親の定めた人に嫁ぎましたよ」
弥三郎は捨てられずに、ずっと持っている彼女からの最後の文がある。そこには土地を離れて暮らすことはできない、父の定めた人と添うことが認められていた。
別れの文である。
十年前、この文を受け取ってすぐ、弥三郎は身を引くように村を後にした。彼女の幸せを願いながら。
しかし、和尚は腑に落ちない。
「それじゃあ、あの子はどこに行ったんじゃ?」
「どういうことです? 婿を迎えて幸せに暮らしているわけではないのですか?」
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