第2話 荒野
気付くと、琉斗は地面に倒れ伏していた。
土のにおいがする。ゆっくりと身を起こす。
あたりを見渡せば、そこは一面荒れ地で赤茶色の土の上に大小の石が転がっていた。所々にある巨大な岩が視界を遮りながらも、遠く向こうにはうっそうとした森が見えていた。
『声』によれば、あの森を抜けた向こうに大きな町があり、そこに琉斗の家を用意しているらしい。それなら直接その町に転移してくれればいいのに、などと琉斗は思うのだが。
だが、こうして少し異世界を巡ってみるのも悪くはないかもしれない。生まれてこのかた東京暮らしだった琉斗には、民家がまったく見当たらない光景はそれだけで新鮮だった。
琉斗の腰には、一振りの剣が差してある。かつて龍皇が愛用していた剣なのだそうだ。『声』が言うには、この剣には強大な力が秘められているらしい。
――段階的に力を解放していった方が使いやすかろう。
そう言って、『声』は剣に何重かの封印を施していた。琉斗の熟練度に応じて順次解放されていくそうだ。
完全覚醒目指して熟練度上げか。それもまたおもしろいかもしれない。腰の剣に手を当てながら、琉斗は一人うなずく。
そうだ、これから行く町について、先ほどの『
確か町の名前はレノヴァだったな。マレイア王国の王都だ。町の名前を思い浮かべながら、琉斗は『
と、瞬時に検索結果が脳裏に浮かんだ。
『レノヴァ』
該当する項目はありません。
「はあ?」
思わず声が漏れる。該当項目がない、とはいったいどういうことか。
条件が足りなかったかと思い、琉斗は王都やらマレイアやらと様々な条件を付け加えて再検索を試みる。
だが、何度繰り返しても該当項目はないという結果に終わった。名前を憶え間違えたか、それともまさか、『声』が間違った情報を伝えたのか。
ふと気になって、琉斗は自分自身を検索してみた。
『皇琉斗』
該当する項目はありません。
これは……あれだな。つまり、龍皇が知り得なかった情報、ということか。
琉斗はため息をついた。龍皇が『声』によってその力を奪われたのは今から五百年前。それから後のことは『
まいったな、これでは最近のことはおろか、過去五百年の間に起こったことは何もわからないじゃないか。
まあ、これから行く町が五百年前にはなかった、ということだけはわかったか。苦笑すると、琉斗は諦めて町へと向かい歩き始めた。
陽はまだ高かったが、すでに西へと傾き始めている。もし森を抜ける前に陽が落ちてしまえば面倒だ。
さっさと町へ行くか。琉斗は荒れ地の向こうに見える森をめざし、やや速足で歩く。
あたりに人の気配はない。人が歩けるような道も見当たらない。
こちらも日本と同じく真夏になろうとしているのか、太陽からの日差しが厳しい。日光は容赦なく琉斗と大地を灼(や)く。
そのはずなのだが、琉斗はさほど暑さを感じてはいなかった。じんわりと汗ばむ程度だ。昨日池袋へ遊びに行った時はずいぶん汗をかいたというのに、これはいったいどういうことだろう。
人間はおろか、生き物の気配すら薄い荒れ地を、琉斗は黙々と歩く。
と、前方に見える巨大な岩の陰から、大きな物影が二つ現れるのが琉斗の目に映った。
のそりと姿を現したのは、琉斗がこれまでに見てきたどのような動物よりも大きく、そして奇怪な生き物であった。
一体は鱗に覆われた蜥蜴のような胴体を持ちながら、頭部は虎に似た化け物であった。低くうなりながら、牙をむいてこちらへと鋭い眼光を向けている。
もう一体は、闘牛を何回りも大きくしたような怪物だった。その背中に、一対の翼が生えている。鋭く尖った二本の角の先端は、琉斗へと狙いを定めているかのようだ。
そして、その二体の大きさが尋常ではない。体高は優に四メートルを超えているのではなかろうか。
これほどまでに巨大な生物を、琉斗は見たことがない。小さい頃に動物園で象を見たことはあるが、今目の前にいる魔獣の身体は、それを遥かに超えていた。
二体の魔物は、周りの岩をよけ、あるいは砕きながら、ゆっくりとこちらへ迫ってきている。久しぶりの獲物に、どちらも口元からだらりとだらしなくよだれをたらしている。
これは戦うしかないだろうな。琉斗の胸が少しずつ高鳴り、気分が高揚していく。
異世界での、初めての戦い。
迫りくる敵に、琉斗は静かに呼吸を整え始めた。
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