【魔女の願いはさよならの後で】


「お願いの事だけど――いいかな?」

「ようやくだな」

「私が死んだらどこかの森の奥に埋めて。墓標は要らないから」


 魔法使いは総じて短命だ。人間が持たない魔力を有する故に命が削られ、三十年も生きていられれば奇跡と言われる。

 彼女は、自分の寿命がもう長くない事を知っている。


「――それでいいのか?」

 ランタンの中の、炎のアヴァナスは震えるようにゆらゆら揺れだした。

「お前が願えばその厄介な魔力を消すこともできる! 不死にだってしてやれるんだぞ!」

 イヴェールはその感情に気付かない振りをして言葉を続けた。

「魔法使いの身体って死体でも利用価値があるんだって。野ざらしも嫌だけど、知らないオッサンにいじくりまわされた挙げ句、バラバラにされて悪用されたらと想像するだけでゾッとする」


 魔法使いは見た目や魔力故に他者から恐れられ、疎まれ、蔑まれる。魔法使い狩りに遭えば奴隷として自由や命を奪われ、研究と称して弄ばれ、髪の一本や血の一滴まで材料として扱われる。

 いつもと同じく表情一つ変えないイヴェールだが、アヴァナスは「いじくってバラバラにするのがなぜオッサン限定なんだ」といつものように突っ込む余裕はなかった。


「だから死んだ後の事がずっと気になっていてね。もし引き受けてくれるなら本当に助かるんだけど」

「そんな事、願わなくても――」

「もしアヴァナスが私の魂でも身体でも使いたいって言うなら、好きにしていいよ」

 イヴェールの青みがかった白髪と薄青色の瞳に、紅蓮の炎の光が反射している。

「誰が貴様なんぞ使うか」

 吐き捨てるようにようやく言葉を発したアヴァナスに、イヴェールはそう言うと分かっていたように微笑んだ。



「骨の一片も残らぬよう、灰にしてやろうか?」

「やっぱりそっちの方が良いのかなぁ」

「ただ俺の炎で燃やすと魂まで消滅するぞ。その後は無間の地獄で悶え苦しむが」

「遠慮いたします」

「ふむ、仕方ないな」

「結局死んでも冷たい土の中か。でも静かで穏やかなら悪くないかな」

「熱くてうるさくて、ゆっくり眠っていられないようにしてやろう」

「あはは、程良くお願いします」






 とある深い森のそのずっと奥に、冬でも雪が積もらず常に春のような暖かさに包まれている不思議な場所がある。色鮮やかな花が一年中咲き誇る小さな石の周りは迷い込んだ旅人や動物たちが集まり憩いの場となっていた。いつもは賑やかだが、誰もいない静かな夜には美しい男性が石に寄り添う姿が見られるという。

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氷の魔女と炎の悪魔 久保田千景 @kaku_tomoru

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