前門の虎後門の狼
「……。」
「メロディアにもお前を始末しなければならん理由があった。だが、刺客を送っても返り討ちにされてたんでな、わざわざそこにいるロッキードを監獄から出したんだ。そいつならお前を倒せるはずだし、クロックに討伐を依頼をさせれば、お前がレンジャーの仕事でしくじったと“他の奴ら”にも悟られないよう偽装もできる。なぜだかクロックの奴は死んでしまったがな」
リーガルはまったく回りくどいと言った。
私は目を細めて改めてロッキードの状態を検分する。怪我は偽物ではない。
「……じゃあ、なぜ彼は怪我を負っている? 芝居を打つのにここまでする必要があったか?」
「ふんっ、そいつは元々お前を殺すために金までもらっていたんだ。そのくせに、お前とは刃を交えることなく呑気に旅の道連れなんぞにして、挙句にお前を黒王領から逃がそうとしやがった」
リーガルの後ろに控えていた、真っ赤な肌のフェーンドが嘲笑う。
「おおかた、戦争で死んだ娘をお前に重ね合わせたんだろうな。戦士ぶって戦場にのこのこ顔を出して、転生者にひき肉にされたっていう娘にな」
ロッキードはそのフェーンドを睨んだ。フェーンドは「おおこわ」と、おどけてリーガルの後ろに隠れる。
「お前を呼び寄せる餌になってもらおうとしたが、抵抗するんでちょいとばかし大人しくしてもらったのさ」
「お前がロッキードを?」
「そうだが?」
リーガルは肩をすくめた。
ロッキードは檻に掛けられていた戦槌を取ると、私の後ろを通り抜け、リーガルの隣に立った。私の後ろは雑魚だけになったが、状況は
私は抜刀する。四面楚歌、絶体絶命、前門の虎後門の狼、命を投げ出そうにも遅すぎたようだ。
「ロッキード、すまなかったな」リーガルは言った。「だがお前が悪いんだぞ。仕事を途中で投げ出そうとするから」
ロッキードは言った。「……別に、殺す価値もない女だと思っただけだ」
リーガルは言われてるぞ、と
「さて、ここまで来るのに散々回りくどいことをやったが、始末するのは手短にやりたい。ロッキード、お前がそのために雇われたことは知ってるが、俺も雑種とやらと手合わせをしてみたいんだ。ここに来てから退屈な相手ばかりでな、お前を含め。どうする? もともとお前の仕事だから、どうしてもと言うなら譲ってやってもいいんだが?」
「……俺の望みは」ロッキードはつぶやいた。
「……どうだ?」
ロッキードの剛腕が、横にいるリーガルの顔面を吹っ飛ばした。小さな花火のように顔が弾け、体がきりもみしながら飛んでいき、衝撃を吸収するはずの雪原をリーガルは雪をまき散らせながら転がり続けた。多分、人間相手にはやってはいけない攻撃だ。ロッキードの本気の裏拳、私の時はなでただけだと確信できるくらいの威力だった。
冬の寒さも追いつかないほどの緊張感で場が凍った。
「お前ともう一戦まじえたい」
リーガルの仲間たちは、呆けてただロッキードを見ていた。唯一、女だけが静かだった。まるで、リーガルがつまづいて転んだ程度にしか思っていない様だった。
もう一戦まじえるも何も、すでにリーガルは虫の息ではないか。そう思っていた所、リーガルが立ち上がった。砕かれた顎をぶらぶらと垂らし、口からおびただしい血を流し、雪を鮮血に染めながら。
「
リーガルはロッキードを睨む。すでに戦闘不能のようだが、まったく闘志は萎えていないようだった。
そして、そんな
違和感を感じた。あの絶対強者たるロッキードに余裕が見られなかった。まるで、リーガルがかすり傷しか負っておらず、十分な反撃の余裕を持っているかのように、ロッキードの追撃には焦りさえあった。
当たり前のことだが、リーガルはそんなロッキードに対して必死の逃走を図り始めた。背を向けて助けを求めるリーガル、どうみても勝負は決している。
リーガルの仲間たちがロッキードの前に立つ。腕自慢のフェーンドがふたり。足止めくらいにはなるかもしれない。何よりロッキードは怪我をしている。
と思ったが、ひとりのフェーンドはロッキードの戦槌の振り上げで顎をかち上げられ、もうひとりは横なぎで体をくの字に曲げ吹っ飛んでいった。道端の石ころの役目にもならなかった。実力差だけではないだろう。ロッキードはマッチに火をつけるくらい簡単に、闘志と殺意をあのでかい図体にみなぎらせることができる。相手はそのロッキードの爆発的な気迫に飲まれ、実力の半分も出すことができずに終わるのだ。かつての師は、それが出来れば達人の領域だと言っていたが、ロッキードの場合は修行ではなく別の場所で身につけたものだろう。
リーガルの仲間のひとりが彼を守るために歩み寄った。その時、私の猫耳は
リーガルが仲間に頼るようにすがりつく。するととつぜん顔面が歪み、その男は口から血を吐きだして倒れてしまった。
「なんだ!?」
私は思わず声に出した。
さらに信じられない光景を目にする。ロッキードにケガを負わされていたはずのリーガルの顔が、完全に治っていたのだ。
対するロッキードには、恨めしい表情があったものの驚きはなかった。察するに、ロッキードはこのことを知っていたらしい。
リーガルは言う。「酷いじゃないかロッキード、一度ならず二度も裏切るなんて……。」
「おぼえとけ」ロッキードは言った。「一度裏切った奴は、何度だって裏切るもんだ」
「それは裏切る側が言うセリフじゃないんだよ……。」
リーガルは笑っていたが、側頭部には血管が浮き出ていた。
ロッキードは戦槌を持ち上げ大きく構える。対するリーガルは腰から
ロッキードの戦力を見て、男たちは私の周囲に集まった。9人。うち二人が身の丈が並の人間よりも高いフェーンド。私の状況も穏やかなものではない。
私は平正眼(中段の構えから、左足を引き、やや斜めに構える)を取った。
男のひとりが上段で振りかぶりながら突進してくる。振り下ろされるバスタードソード。
私は平正眼から刀を振り上げその斬撃を受け流し、振りきった状態から相手の手首を切り落とした。
背後からの攻撃、上段で私の肩口を狙っていた。
私は同じく斜めに刀を振り上げ斬撃を受け流し、振りきった状態から相手の顔面の左を切り裂く。左目ごと切られ男がうずくまる。
さらに私は脇構え(半身になり、切っ先を後方に向ける構え。自身の急所を隠し、武器の間合いを相手に測り辛くさせる。また、構えた状態で比較的速く移動することができる)を取り、相手に駆け寄った。
相手は自分から一番近い場所、私の肩を狙って剣を振り下ろす。
私も刹那おくれて脇構えから上段を打つ。攻撃を避けつつ相手の手首を切り落とした。
次に、私は平正眼から腕を伸ばし相手に切っ先を突きつける。
相手は私の刀を叩き落そうと剣を打ち込むが、私は伸ばした刀を下げそれをかわし、その状態から刀を回して相手の手首を切り裂いた。そして痛みで防御の下がった男の首を横一文字に切り抜ける。
大上段に剣を振り上げて挑みかかってきた攻撃に合わせ、私も上段切りを放つ。丹田と関節、体重を乗せた私の上段切りは、相手の上段切りをそらして脳天に届いた。刃が相手の眉間まで食い込み、男は白目をむいてうつぶせに倒れた。
切られた男たちの悲鳴とうめき声が、まだ立っている男たちを委縮させ私の鼓動を激しくしていた。
女の非力だとタカをくくってくれたおかげで5人、手際よく始末することができた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます