信頼と弔い
私は酒場を出ると、ぐずる馬を走らせコルトへと急いだ。
ありえない話ばかりだった。ロッキードがクロックを殺したという事。しかも毒殺で。さらに早馬で帰っていた私より早く到着し、クロックを殺害することなど可能なのだろうか。オークを乗せて速く動く乗り物など聞いたことがない。
私がコルトに到着したのは、朝の気配を見せない真夜中だった。
私がクロックの屋敷のドアをノックすると、深夜ながら使用人の男が現れ、私が自分の主人に雇われていたことを知る彼は、私を屋敷の中に招き入れてくれた。
客間に案内されて待たされること十数分、私の前に執事が現れた。
「……あなたですか」
以前は清潔感の溢れる純白のナプキンのようだった執事の声は、今ではチョークの破片のように粉っぽくなっていた。仕方ない、こんな深夜の訪問だ。何より、主人がなくなったばかり。そして、その犯人の討伐を依頼されておきながら、何もせずにノコノコと戻ってきた女を目の前にしているのだから。
「……何の用です、今さら」
「……この度は」
私は頭を下げた。うなじに彼の冷ややかな視線を感じる。
私は顔を上げて言った。「貴方が仰るように、私などが今さら出てきても、もう何もやれることはないのかもしれません。しかし、どうにも気になることがあるのです。その……ここの主人を殺害したのは本当にロッキードなのでしょうか?」
「……お役人がそう言っております」
「ご主人が殺害された場所は?」
「彼の寝室です」
「寝室……とは、この屋敷ということですか?」
「そうです」
「しかしそれだと、あのロッキードが屋敷に忍び込んで、彼が口にするものに毒を入れるのに誰も気づかなかった、ということになります。あの図体です、この屋敷に来るのさえ目立つはずでは?」
執事は忌々しげにため息をついた。
「しかも、あのロッキードがわざわざ毒殺などを選ぶでしょうか? 堂々と押し入り、クロック氏に戦槌を振り下ろせばいい。そんなことをしなくても、奴なら素手で彼の首を捻ることだってできる」
「……私には、そこらへんの事は分かりません。自分の犯行だと知られないようにしたのでは?」
「しかし、奴がそう気をまわしたおいたにも関わらず、やけに早く犯人がロッキードだと分かったのですね」
「まぁ、あなたと違い優秀なのでしょう、ここの役人は」
「……そう言われても仕方ない事なのだと承知しております」
「そうですね」
「しかし、やはり疑問が残ります」
「ほう……。」
「私は四日前まで、ロッキードと一緒にいたのです」
「……何ですと?」
「恥を忍んで申しますと、しばらく奴と行動を共にして、私の技量ではどうしてもロッキード・バルカには勝てないことが分かりました。それで対抗しうる手段として、コルトへの帰り道を先回りし、ここでクロック氏と迎え撃つことを検討していたのです」
「……そして結果がこのざまですか。とんでもないレンジャーもいたものです。ターゲットを見逃し、そのうえ依頼人を死なせるとは」
「クロック氏が殺害されたのも四日前の夜ですよ。帰路の途中で知りました。いいですか? たった半日で巨体のオークが私と別れコルトへ戻り、毒殺するための手筈を整えられると? 奴を乗せたら、牛でさえ半日でへばってしまう。私だって報告のために早馬を使い、それで四日かけてここまで戻ってきたというのに」
執事は腕を組んで私を見た。
私は言った。「私の話はいささか興味を引きませんか?」
「……下手人は別にいると言いたいのですか?」
「その可能性も捨てきれないかと」
執事は唸った。ふいに再来した眠気に襲われただけのかもしれないが。
「もしご迷惑でなければ、クロック氏殺害に関して、屋敷の人間、そして近隣住民に聞き込みをしたいのですが」
「……もう、あなたの仕事は終わったのでしょう? 依頼主であったクロック様は亡くられています。これ以上何をしようと?」
「私の信頼に関わることです。私たちレンジャーは貴方たち堅気の人間が思っている以上にそれにこだわります。信頼を換金する人生と言っていい。ターゲットを見逃し、さらには依頼人を殺してしまったとあっては、私のレンジャー人生の最大の汚点になります。もう仕事を臨むのは難しくなるでしょう。それに、これはあくまで個人的なものですが、やはりクロック氏を弔いたいという気持ちもあります。一度お会いしただけですが彼は私の依頼人でした、情だってわきます。彼の死を知り涙しそうなところです。ハンカチはお持ちですか?」
執事はございません、と言った。
「……分かりました」執事は言った。「しかし、屋敷の者に話を聞くと言っても、その当時ついた人間の多くは出払っているのですよ」
「……なぜです?」
「実は陽が沈む少し前に、ロッキード・バルカの情報が舞い込んできたのです。ここから一日以上はかかる距離です。それで今、奴を捕らるため、クロック様に雇われた男たちが総出で向かっておりまして……。」
「その雇われた男たちが、当日屋敷にいたと」
執事はうなずいた。
「……なるほど」
恐らく、ロッキードもクロックの殺害を私と別れた後で聞いたのだろう。そして、このコルトに向かっている途中に目撃されてしまったのだ。もとより目立つ男だ。しかし、どれだけ手練れをそろえたところで奴を捕縛するなど無理な話だ。王都から名だたる法術師や戦士の部隊を呼びよせるしかないだろう。
私は言った。「では、もしよろしければ最初に貴方から当日のお話をうかがいたいのですが……。」
「その前に、コーヒーを入れてきてもよろしいでしょうか。いかんせん寝起きで頭が働きませんで……。」
「失礼しました。どうぞ、執事殿のやりやすいように」
執事はうなずくと椅子から立ち上がった。
「あなたもいかがです?」
「では遠慮なく」
執事はいったん部屋を出ていった。そして戻ってきてから当日の夜の事を彼は語り始めた。その晩は晩餐会が開かれていたということだった。
「……なぜ、こんな時期に晩餐会を?」私は訊ねた。
「それは……。」
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