憎めない男

 翌日の営業終了後のこと、フロリアンズの従業員たちはカード賭博に興じていた。客の残した酒や料理を酒場のホールのテーブルに並べ、ちょっとした宴会のような規模だった。月に一度開催されるこの乱痴気さわぎは、サハウェイとしては従業員の勝手を認め難いものがあったものの、彼らのガス抜きのレクリエーションということで黙認されていた。

 そしてその中心にいるのは、サハウェイの店のNo.2のティムだった。粗暴ではあるが、同時に雑把でおおらかなティムは、気難しいサハウェイよりも取り入りやすいため、従業員からの人望もそこそこにあった。


「あ~ちきしょう! まぁた負けた!」

 ティムはカードを放り投げて叫んだ。そして酒瓶を取ると、やけっぱちにぐいっと酒をあおった。

「ティムさんデカい役を狙いすぎなんですよっ。さっきからストレートとかフルハウスとかばっか狙ってるじゃないですか」と、正面に座る料理長が呆れて笑いながら言った。

「やかましいっ、だぁっとけ、よけいなお世話じゃっ。男がせこせこ勝負できるかいっ。お前こそチンポコついとんのかっ、セコイ手ばぁっか狙いおって」

 そう言って、ティムはコインを料理長に投げつけた。額にコインがぶつかった料理長は「あ痛っ」とおでこを押さえた。

「ケケケ……ん? おおいっ、お前っ、こっちじゃ!」と、奥で酒を運んでいるキャサリンに気付き、ティムは手を振って少女を呼び寄せた。

 声に気付いたキャサリンがティムを見る。そして露骨に顔をしかめると、キャサリンは一緒にいた娼婦たちに断りを入れてティムのもとへ行った。

 キャサリンが側によると、ティムは彼女の手を引っ張り「おうおう、今日もええ女やね~」と自分のかたわらに引き寄せた。

「ちょっとっ」と、険のある高い声をキャサリンが上げる。

 しかし、そんなキャサリンを無視してティムが言う。「おう、お前らもうひと勝負じゃ。次は負けんぞ。なんっつっても、今度は俺には幸運の女神がついちょるけぇ」

 キャサリンはため息をついて首を振った。


 カードが配り終わると、ティムは自分の役を、隣に座るキャサリンに見せた。得意気に笑うティムだったが、ダイヤの2、3、4、と後はクローバーのクイーンとスペードの7と役はそろってはおらず、キャサリンはつまらない目でカードを見るだけだった。

「ティムさ~ん、調子悪いみたいですねぇ」と、キャサリンの様子から手を察した料理長が言った。

「これからじゃいボケェ」とティムが言う。

 次にティムは2枚のカードを捨てて、山からカードを引き抜いた。キャサリンには、ティムがカードを手札に入れるとすぐに黒い柄が見え、手がブタだと分かった。

──全然ダメじゃん……。

 すると、ティムがいきなりキャサリンに覆いかぶさった。分厚い、毛の生えた薄い褐色の手が、少女の白い肌に置かれとび色の瞳をふさぐ。

「な、何するんですかっ?」

「おっとぉ、お前は素直じゃけぇ表情でバラたらいけん。見るなやっ」

 しかし、そんなことを言っても既にカードは見ている。今さらそんな対策が何の意味があるというのか。

「離してくださいっ」と、キャサリンがティムのゴツゴツした手を掴んで言う。

「ダメじゃあ、俺が良いっちゅうまでこのままや」

「もうっ」

「おっと妬けますねぇ、ティムさんそんな子供が気に入りなんですかぁ?」と料理長が言う。

「おいおいお前ら、こん娘を軽く見たらいけんぞ。いずれお前ら、こいつに食わせてもらうかもしれんのやからな」

「え~、そうですかぁ?」

「分からんか、コイツは金の卵じゃ。略してキンタマなっ」

 ティムはなんつって、と言って大笑いをした。周囲はつまらない冗談に苦笑いを隠せなかった。

「ほれほれ、無駄話はいいけぇ早う続けるぞっ」

 ティムはキャサリンに目隠しをしたまま3人の男たちに言った。まるで、キャサリンを胸に抱きしるような体勢になっていた。

「よぉし、じゃあ行きますかぁ」と言って、料理長が賭け金に上乗せをした。

「お、自信があるみたいだなぁ」と、他の男たちも勝負を受ける。

「それやったら俺も……。」

 そう言ってティムが勝負に乗ると、周囲はおお~と歓声を上げた。

 次々と上がる賭け金、というのも、彼らは一瞬のキャサリンの反応を見逃してはいなかった。ティムの手札はブタ、ないし安い役、ならば彼の強気はハッタリに違いない。そう彼らは思っていた。

 着々と積み重ねられていく、賭け金用の10ジル硬貨。今にも崩れ落ちそうな硬貨の山を見て料理長が言う。「……ティムさん、もう上限ですけど」

「お~、そうやな。それやったら、いっちょやるか」

 男たちは、各々の5枚のカードをテーブルの上に並べた。走る緊張、男たちはお互いに顔を見合わせる。

「離してくださいっ」とキャサリンがティムの腕を振りほどいた。ティムは上機嫌に笑うばかりだった。

 男たちは一枚一枚、絞るようにカードをめくる。料理長のフルハウスが出ると、男たちは歓声と悲鳴を上げた。他の2人はツーペアとスリーカードだった。

「ほらほら、ティムさんも……。」と、スリーカードの男がティムをうながした。

「おうおう、いいとや? お前ら俺のカード見たら腰抜かすぞ」

 どうせ負けなんだから、もったいぶらずにとっとと出せばいいのに。キャサリンは、虚勢を張るティムにげんなりしていた。

 ティムは、カードを一枚一枚絞るようにめくり始めた。一番左端の一枚はダイヤの2、そしてその隣がダイヤの3、さらにダイヤの4と続いた。

 男たちはおお~と声を上げるが、どうせそろっていないだろうと余裕を持っていた。キャサリンも早くめくって負けを認めて欲しかった。どうせこの男は大声を上げて悔しがるだけなのだと。

 さらにその右をめくるティム。そこにはダイヤの5が現れた。

──え?

 そしてティムは最後のカードをめくる。それは、ダイヤの6だった。ストレートフラッシュが出来上がっていた。

「うっそ!」

「ありえねぇ!」

 絶叫する男たち。キャサリンも戸惑いかけたが、その表情を作る前にティムが「やったぞ、さすが俺の女神さまじゃ!」とキャサリンを抱きよせた。

 抱擁されたことよりも、手札が変わっていることに呆然とするキャサリン。そんな彼女に抱きつきながら、耳元でティムが「何も言うなや」と囁いた。

 イカサマだった。手札を交換した後、キャサリンにちょっかいを出すふりをして、ティムはカードを入れ替えていた。

 キャサリンはふと、胸元に違和感があるのを感じた。ブラウスの内側には、元々配られていたカードがあった。

 ティムは体をすり寄せたまま、キャサリンの胸元に手を入れる。

「何や? お前も興奮しちょるのか?」

 そして胸をまさぐるふりをして、ティムはカードをキャサリンの胸元から引き抜いた。男に抱きつかれたこと、目の前で行われた不正、そしていきなり胸を揉まれたこと、一度に起きた突然の出来事に、キャサリンは混乱してティムのなすがままになっていた。

「見せつけてくれますねぇ……。」と勝負に負けた男が言う。

「言うたじゃろ? 俺の女神さまやっち」

 ティムは荒野の晴天のような、のびのびとした乾いた笑顔で、積み上げられていた賭け金を腕で取り寄せ総取りした。そして上機嫌のままに、「お前も飲め」と酒瓶の口をキャサリンの口にあてた。

「結構ですっ」と、キャサリンが顔をそらしてそれを拒む。

「おいおい、大人の女やったらこれくらい飲めなアカンぞ」

 キャサリンはティムをにらむと、酒瓶を奪い取り一気に酒を飲み干した。男たちが感嘆の声を上げた。

「じゃあ」

 そう言ってキャサリンは驚いている男たちを涼しげに見下すと、つかつかと靴音を立てその場を去っていった。

 キャサリンの後ろ姿を見ながら料理長が言う。「へ~、確かにティムさんの言うように、末恐ろしい娘かもしれませんねぇ」

 ティムが笑いながら言う。「ええ女じゃろ?」

「ちょっと目つきがキツいし、食ってかかるのが気になりますけど」

「じゃってん、ありゃあ根は結構なマゾよ。男に支配されて悦ぶタチやろうな」

 それを聞いて、男たちは下卑げびた笑いを浮かべ改めてキャサリンの後ろ姿を見た。


 一方のキャサリンは、顔が火照り頭が虚ろになっていた。それは酒を一気飲みしたからだけではなかった。目の前で平然と行われたティムの卑怯な行為、しかもその片棒を自分に担がせたこと、普通ならば卑劣な男だと嫌悪するところだったが、極度の刺激は少女の中に倒錯した感情を芽生えさせていた。

 手洗い場に入ると、キャサリンは自分の顔を鏡で見た。アルコールでほんのり赤くなった顔と酒で濡れた唇、改めて見ると、キャサリンは自分でも驚くほどにその顔が大人びていることに気づいた。女は自己陶酔するかのように、そっと自分の顔を撫でてため息を漏らした。

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