scene㉗,ファイザー・ダイアウルフ
モーリスたちが連れられたのは、売人のアジトに使われている、街の商店街の一角にある廃業した床屋だった。
「何だ? こんな所に連れてきて。また例の役人狩りに襲われたらどうする」ホワイトが建物を見渡しながら言った。
暗闇の中で売人が言う。「そっちの方が好都合でさぁ」
「……どういう意味だ?」
モーリスが暗闇を見渡して言う。「……既に数人いるな」
売人が乾いた笑いを浮かべてランプに火を灯すと、そこには確かに売人の仲間たちが既に待ち構えていた。モーリスたちが思わず構える。
「安心してくだせぇ……。私らはあんたらと一蓮托生です」
「……紹介したい奴がいるといったな」
モーリスはそう言いながら、闇に浮かんでいる一人を見た。人間の中に、一人だけゴブリンが混ざっていた。ゴブリンにしては体が大きく、魔物にしては物静かだった。
売人もそのゴブリンを見て言う。「……お察しの通り、こいつです」
部屋の照明が一気に灯り、室内が明るくなる。モーリスを始めとする全員がゴブリンを見ていた。
「……亜人か。しかもゴブリン」
“亜人”、“ゴブリン”と口にしただけだったが、モーリスの口調には侮蔑が含まれていた。
ホワイトが言う。「どういうことだ? たかがゴブリン、しかも群れではないはぐれ者だ。何の役に立つ?」
「女の影に怯える貴様らは何だ? 男として役立たずだ」感情的なゴブリンにしては珍しく、表情を全く変えずに男は言った。
ホワイトは、たかがゴブリンに感情を乱されたことを悟られぬよう、作り笑いを浮かべる。「ゴブリンがなめた口ききやがるぜ」
売人が言う。「……おたくら、“アンダーテイカー”を知らんのか?」
「アンダーテイカー……こいつがっ?」
アンダーテイカーの名を聞いて、役人たちのゴブリンを見る目が変わった。
“
「今日、こいつがウチのシマに来てね。どうやら、私らの同業者とおたくらの同僚を襲ってる女に心当たりがあるらしい。もちろんタダじゃないが、手を組もうってことさ」
役人ならば、ファイザーに関しての噂は十分に耳に入っていた。だが蛇の道は蛇、ホワイトはモーリスに「どうする?」と恐る恐る耳打ちした。彼らにとって、モーリスの亜人嫌いは周知の事だった。
モーリスは言う。「……仕方ない。我々には下手人の情報が何もないのだからな」
売人は頷いてファイザーを見た。
「だが……。」
「何でしょう?」
「そいつは本当にアンダーテイカーなのか? もしかして、他のゴブリンが名を騙って、ひと儲けしようって魂胆じゃないよな?」
「腕を見せろってことですかい?」
売人はそう言うと、ファイザーを伺うように見た。
ファイザーがゆっくりと語りだした。「腕を見せてもいいが……この中に死んでもいい奴はいるのか?」
ホワイトが顎の肉を震わせて笑いながら言う。「言いやがるぜっ。……おい、ギャバン」
「へ?」
ホワイトに言われ、モーリスたちの中で一番若いギャバンが返事をした。
「相手をしてやれ」
「で、でも……。」
ホワイトが後ろにいるギャバンを親指で指す。「おい、アンダーテイカーとやら。こいつと立ち会え。だが、殺すなよ。殺りやがったら、お前の懸賞金があがることになるぜ」
ファイザーは何も言わずに立ち上がった。
「ギャバン、お前も御前試合の代表なんだ。軽々やられるなよ」
「ヴィロンさんの補欠ですけどね。……分かりましたよ」
先輩の命令に逆らえないギャバンは、渋々バスタードソードを抜き出した。
売人たちは打ち捨てられた床屋の椅子や棚を退け、二人が動き回れるスペースを作った。そしてファイザーとギャバンがフロアの中央に立つと、彼らは口々に「やれ!」「殺せ!」と、闘技場の賭け試合に興じる観客の如くはやし立てた。
向き合う二人。ゴブリンとタカをくくったギャバンは、乙女の構え※を取った。
(乙女の構え:肩に剣を担ぐイタリア剣術の構え。大振りで強烈な斬撃が可能)
対するファイザー。礼儀正しく、腕を股間の前で組んで直立していると思いきや、突然両肘を引いてから左右の手を交互に突き出した。そして左手を下段に突き出し、右手を引いた構えを取り、いつの間にかその両手には
次にファイザーは素早く両腕を顔の前で交差させ、両腕を引いてから左右の拳を再び交互に突き出した。その間に釵が逆手になり、そしてまた順手に戻った。型の演武のようであった。
「何だ? ゴブリン的な決闘の前の儀式か?」売人の一人が言った。
数人が嘲笑ったが、それでもファイザーは型を続けた。
受け、攻撃、捌き、絶え間ない速さと切れのある攻防一体の動き。
武術が分からない者も、そのファイザーの捉えどころのない動きにやがて黙り始めた。対面しているギャバンに至っては青ざめ始めている。
ギャバンには見えたのである。ファイザーの目の前に、剣を振るい襲い掛かる剣士の姿が。そしてその剣士に対し、ファイザーは剣山の如き攻撃の嵐で攻めたて、鎧の如き鉄壁の守りで攻撃をさばいていた。
ギャバンは乙女の構えをやめて、鋤の構え※を取った。
(鋤の構え:敵に剣を水平に向けた中段の状態から、半身を右に引いた構え)
ファイザーが表情を変えずに言う。「……30秒」
「……何?」
ファイザーがギャバンに襲いかかった。ファイザーの踏み込みは初速で一気に間合いを詰めていた。ファイザーの表情に全く変化がなかったせいで、ギャバンは動きの兆しを読むことができなかった。
ギャバンは慌てて剣を振るう。だが型で見せつけられたように、攻撃は全て受け止められた。まるでファイザーの腕が鋼鉄であるかのように、釵とファイザーの体は一体化していた。やがてギャバンの攻撃は勢いがつく前の、出始めに受け止められるようになり、さらにはファイザーはノーガードでギャバンに詰め寄り、前進しながらギャバンの攻撃を避け始めた。
「うっ……くっ!」
後退しながら呻くギャバン。ファイザーは間合いに入ると、ギャバンの正中線に、左右の正拳突きを繰り出すように、釵の柄を連続して打ち込んだ。ギャバンの口から泡唾が飛び散る。
何とか前に出ようとするギャバンだったが、避けられて足を蹴られ体勢を崩され、右腕を左右の釵で挟まれ腕を捩じられ押し倒され、背中に乗られて首に釵を突き立てられてしまった。
「……まいった」
寸止めだったが、ギャバンは命を絶たれたように顔を蒼白させ呟いた。
フロアの男たちは、既にはやし立てるのを完全に忘れていた。
ファイザーはギャバンの背中から立ち上がって言う。「ちょうど30秒のはずだ」
「……その腕ならもっと早くカタをつけられたんじゃないのか?」モーリスは唖然としていた。
「それじゃあデモンストレーションにならないだろう」ファイザーは、釵を腰の後ろに下げたホルスターに差した。「そうじゃなきゃ5秒で殺せた」
ホワイトが感心して言う。「ゴブリンもなかなかやるもんだな。意外とコイツらだって、仕込めば他にも色々できるようになるんじゃないか」
「馬鹿を言うな」
「モーリス?」
「確かに希にこういう奴も出てくるだろう。だが、何千匹に一匹の話だ。ゴブリンが種として劣っていることには変わりない」
「まぁ……。」
「しかし、希だとしてもそういう奴にはそれ相応の対応が必要だ。我々も迎えてやれなければな、対等のビジネスパートナーとして。私は差別主義者ではないからね」
ホワイトには、何故かファイザーが技量を見せた後の方が、モーリスの口調が尊大になっている気がした。
「では教えてくれ、ファイザーくん。我々を追ってるのは誰だ? 女といったな?」
ファイザーは、ジャケットの内ポケットからタバコを取り出しながら話した。「女で剣士、そして腕も立つならかなり絞られる。そしてここ最近ダニエルズでの目撃情報ががある奴……。」
ファイザーはポケットからマッチ箱を取り出し、片手でマッチ箱を開けて人差し指と中指でマッチをつまんで取り出した。そしてマッチの端を掴み、頭薬(燃える部分)をヤスリに押し付け、親指でマッチの真ん中を弾いて火を着けた。
タバコをひと吸いしてファイザーが言う。「“ファントム”。奴の仕業だと考えて間違いない」
ファントムの名を知る売人の一人が言う。「おい、なんだって俺らがファントムに目ぇつけられたんだよ?」
「さぁ? 生理中にちょっかい出した馬鹿がいたんだろ」
ホワイトが柔らかい眉間にしわを寄せる。「真面目な話をしてるんだぞ」
「理由なんてどうだっていい」何故か、ファイザーの口調が初めて強くなった。「気になるなら捕まえてから訊け。じゃなきゃ殺してから考えろ。書類整理とわけが違う」
ホワイトの顔が赤みがかったが、すぐにモーリスが「その通りだっ」と頷く。
「のんびり動機なんて探ってたらこっちがやられる。先に手を打とう。奴を始末することが先決だ」
モーリスが自分たちを引き連れてきた売人に訊く。「で、どうやっておびき寄せるんです?」
「……私たちが売人といる所を狙うなら、敢えてその場所を作ろう」
役人、そして売人たちがモーリスを見ていた。
「私の口利きを必要としてる奴がいる。そいつとの商談の場を設けて、奴をおびき寄せるんだ」
モーリスは売人を見た。
「……寄りすぐりの精鋭を集めてくれ」
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