ビフォア・ファントム⑳娼館の女たち

 一方のカールスは建物内を歩きながらクロウとシーナに仕事の説明をしていた。

「単刀直入に言う。これからお前らは男相手に股をおっぴろげて金を稼げ。やることは街の娼館と変わらん。娼館のことは?」

 二人が首を振る。

 カールスも首を振る。「小部屋に一体一で男と入って性交して満足させるんだ。口、手、膣、すべてを使え。金は事前に男から貰っている。だからお前らは部屋で別に男に金を請求するなよ、チップもだ。んで、男が支払う料金は一律100ギル。お前らの取り分はその4割。当然だろう? お前らを食わして面倒見るためにあれこれ使わなきゃならんのだからな。不満なら追加料金で稼げ。追加料金は100ギルに加えて指名料、複数、道具にケツだ。ケツを使ったことは? まぁないだろう。道具やケツを使って客に満足してもらえれば指名も増える、指名が増えれば稼ぎはさらに増える。どうだ希望が湧いてきたろう?」カーロスが階段の前で立ち止まる。「質問は?」

 シーナが言う。「子供ができたらまずいでしょ? どうすんの?」

 カーロスは隅に埃の溜まった階段を上り始める。「いい質問だ。だが知るかボケ。妊娠する奴は気合と根性が足りないんだ。一応薬術師から卸した洗浄液はある。男との事が終わったら便所に行ってそれを膣の奥に吹っかけて殺菌しろ。それでも不安ならケツを使いこなすことだ。言っとくがもしうっかりガキが出来たとしても、無事に産めると思うなよ」階段を上りきったカールスがクロウに訊く。「お前は何かないのか?」

「……客の相手っていうのは一日に何人くらい? それと、閉店と開店は何時?」

「お前もいい質問だ。だがそれも知るかボケ。娼婦によって違うんだからな。一日中客が取れない奴もいれば、一日で7人相手にする奴だっている。客商売とはそういうもんだ。営業時間は太陽次第、夕方から明け方までフロム・ダスク・ティル・ドーンだ」


 階段を上りきり、カールスは接客のための小部屋がある廊下を歩く。

「逃げようなんて考えるなよ」カールスは廊下の配膳台にあった食べ残しの鳥の骨付き肉を掴み、すぐそばの窓を開けると鉄格子の間からその肉を投げ捨てた。すると、下からはやかましい獣の鳴き声と唸りながら肉にむしゃぶりつく音が聞こえてきた。カールスが得意気に続ける。「その場合はコイツらに跡を負わせる。俺の唯一の家族だ。捕まえた娼婦をまっすぐ歩けなくするくらいの手加減ができるよう教育してある。それにな、この鉱山周辺の奴らは皆俺の味方だ。役人だってここの客なんだからな。山を下りて町に逃げたってすぐに連れ戻される」

 シーナが訊く。「……いつからアタイらは働けば?」

「今日からだ。未通女おぼこじゃないんだろう」

「今日からって……。」

「細かいことは年長者が教える。……アリア!」

 カールスが叫ぶとクロウたちの後ろの扉が開き、部屋の中から年増の女が慌ただしく顔を出した。

「何でしょうかカールスさんっ」

 掃除中だったその女、アリアは肩からずり落ちそうなコルセット巻きのシュミーズをかけなおしながら言う。シュミーズから伸びる二の腕が、娼婦特有のもち肌をしていた。

「ここで一番長いアリアだ」とカールスが言う。「無事にという意味でな」

 アリアは頭のヘッドスカーフを取り、後ろに束ねていたボリュームのある黒髪をほどいて挨拶をする。「よろしくね。新人さんたち」

 メルセデスほどではないが恰幅の良く、人の良さそうな丸顔の女だった。

「……シーナよ。よろしく」

「私はクロウ」

「シーナに、クロウ。じゃあこれからわたし達は家族ね」

 白い肌のせいで、黒さがより際立つ瞳を細めアリアは微笑んだ。それは娼婦というより、農村の女のような素朴で明るい笑顔だった。シーナは良い同僚に恵まれたのかもと胸をなでおろし、クロウには真顔の中に少しばかりの嫌悪があった。

「今日から客をつけろ」

 カールスのその命令にもアリアは朗らかにうなずき、シーナの破れた服を見ると二人について来るように言った。二人の先を歩くアリアは、大きな尻を揺らしながら階段を上る。

「不安なんでしょう? でも心配することはないわ。一旦なれちゃえばちょちょいのちょい。どうってことない仕事よ。懐かしいわねぇ。わたしも最初の頃は不安でたまらなかったけど、今でも五体満足で仕事ができてるからね。女工なんかより全然いいのよ?」

 そう言いながら衣裳部屋へと入っていった。

「体のサイズに合わせないとね。……これを着てみて」

 アリアはクローゼットからドレスを取り出しシーナに手渡した。いったい何人の女が袖を通したのだろうと思わせる年季を感じるそのドレスは、古い甲冑のようですらあった。


「お、いいじゃない。似合ってる似合ってる」

 ドレスに着替えたシーナを見て満足げにアリアは言うが、サイズがぴったりという以外お世辞にもあまり良いものとは言えなかった。ただでさえ娼婦用の襟ぐりの広い肩と胸を露出したドレスは、皺が寄っている上にところどころほつれ、まるで全身で人としてのだらしなさを宣伝しているようだった。


 次に、アリアは二人を娼婦の控室まで連れて行った。控室には人間を初め、ホビット、エルフに珍しい有翼人もいた。

「みんな、今日から新しい仲間が入ったわよ。シーナにクロウ。ほら挨拶は?」

 アリアに促され、二人はそれぞれ挨拶をした。

「これから苦楽を共にするんだから、仲良くしないとね」

 だが、そんなアリアとは正反対に、娼婦たちは通夜のような沈痛な面持ちだった。

「ほらほらみんな、自己紹介くらいしなさいよ。……ほらメグっ」

 メグと呼ばれたブロンドの巻き毛の女は、ぼそりとよろしくと言った。

「それと、ホビットのルーシーに……」

 ルーシーもよろしく、と力なく挨拶をする。

「そしてエルフのエミリオ」

 紹介されてもエミリオは何も反応を示さなかった。しかし……。

「エミリオ? 男みたいな名前だね?」とシーナが言うと、

「男で悪いか?」と、変声期さえも向かえていない声でエミリオは反応した。

 アリアが苦笑いをして言う。「……の客がいるからね。て、こっちもエルフでマルベリー、うちの人気ナンバーワンだよ」

 煙管きせるをふかしていたエルフのマルベリーが、はぁいと視点の定まらない笑顔で二人に挨拶をする。まるで、真っ白ではあるが何度も洗濯されて擦り減ったハンカチのような女だった。そして、煙の臭いからクロウは彼女が吸っているのがただの煙草ではないことを察した。

 マルベリーが紹介されると、エミリオは「人気ナンバーワン、ね」と、皮肉めいた笑いを浮かべ、そんなエミリオをアリアが睨んだ。

 しかしエミリオはそれを意に介さないようにソファから立ち上がり、クロウとシーナのところまで来ると「そのドレス、似合ってるね」と、女だらけの世界にいるせいか、ろう細工のように透き通った肌を持つエルフの少年は独特の険のある言い回しをして控室を出て行ってしまった。

「まったくあの子は……。」

 シーナが言う。「……彼はどうかしたのかい?」

 アリアがそれに答えづらそうにしていると、マルベリーが代わりにヘラヘラと口を開いた。「そのドレス、彼のお姉さんが着てたんだよぉ」

「ちょっと、マルベリーっ」

 さらにメグが言う。「一日に十人以上客とらせやがって、あんなことやってたら人間相手に孕まないからってどうにかなっちまうさ」

「……いっとくけど、あのに厄介事を回したって意味では貴女たちだって同罪なんだからね」

 娼婦たちは目を背けた。 

「ごめんね、いやな雰囲気にしちゃって」と、すぐさまアリアは切り替えて笑顔に戻った。「そして、多分種族自体初めて見るんじゃないかしら? 有翼人のエレナよ。……エレナっ」

 それまで部屋の隅で掃除をしていた有翼人のエレナは自分が呼ばれると慌てて手(?)を止めて二人を見た。

「え、あ、エレナです。よろしく~」

 ゆったりとウェーブのかかった薄い桃色の髪、そして未だ少女のような顔と華奢な体をしたエレナは、歯をのぞかせて子供っぽい無邪気な笑顔で二人に挨拶をした。有翼人なので腕がなく、代わりに髪と同じような桃色がかった大きな翼が生えていた。

 挨拶が終わると、エレナは鳥のようなあしゆびで器用に雑巾を取り上げ掃除に戻った。

「あのは、というかあの種族は体が弱くてね。あんまり客は取らせられないの。だから基本的には、下働きをやってもらってるのよ」

 思いやるような口ぶりだったが、クロウの耳は“あんまり”、“基本的には”、という但し書きをしっかりと捉えていた。それは力の加減を間違えた途端に関節が外れそうなあの娘も、男が要求さえすれば体を売らなければならないということを意味していた。

「他にもいるんだけど。部屋の準備と、もう客をっている子もいるから、ここにはいないのよ」

 後でちゃんと挨拶しておくのよ?と言ってから、アリアは微笑んでシーナを見た。

「……なにさ?」

 両手をパンと叩き、首を傾けながらアリアが言う。「じゃあ、さっそく接客してみましょうかっ」

「……え?」

 クロウもシーナも一緒に目を見開いた。

 シーナが困惑する。「え、ちょっと、その……。」

「大丈夫よっ。貴女には安心な常連さんを付けてあげるから」

「でも、アタイはまだ……。」

 アリアは大丈夫大丈夫と言いつつ、シーナの袖を引っ張る。

「ねえ、私は?」と、クロウが訊く。

「ああ、貴女はね……。」そう言ったアリアの顔が一瞬だけ曇ったのをクロウは見逃さなかった。「貴女は後で別のお仕事があるから、それまではそこにいて」

 アリアは、ね、と笑顔で念を押しシーナを部屋から引っ張り出していった。


 去っていった二人の方を見ているクロウに、後ろからメグが話しかける。「アンタ、雑種なんだって?」

「……それがどうしたの?」

 クロウの態度に、メグはふんっと意味深な笑顔をする。

「雑種なんて有翼人と同じくらい珍しいからね。具合を見ときたいんだろうさ」

「具合?」

「そ、あの絶倫オヤジの夜伽の相手ってこと」

「え、何で……。」

「そりゃあに不具合がないかどうか調べとくのが経営者の義務ってもんだろう?」そしてメグの笑顔はさらにいやらしくなった。「ホントのところは雑種の味見をしてみたいってところだろうけどね」

「売り物ですって?」

「売られたんだから売り物だろう? 違うのかい?」

 クロウはメグに食ってかかろうとした。だが確かにそうだ、自分は紙切れ一枚でここに売られたのだ。クロウはそれを思い出すと歯噛みするように顔をそらした。

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