ビフォア・ファントム⑲娼館の主、カールス
「そこで待ってろ」
ガロは二人に言うと玄関に向かった。ガロが拳骨をかたどった青銅製の重々しい扉のドアノックを叩くと、建付の悪い扉がゴリゴリと音を立てて開いた。
「おお、ガロか。馬の音がしたんでな、お前かと思って降りてきたところだ」
中から出てきたのは、黒く日焼けした60手前くらいの男だった。初老ではあったが髪は白髪が目立たないよう短く切り揃えられ、目は飛び出すほどに大きく爛々と輝き、鼻は拳闘士のように低く潰れていた。胸板は厚く、半袖のシャツからのぞく腕は逞しく、シャツも派手な柄物と若作りに入念のない男で、性欲も未だに強そうだった。そのせいで、男が今ほのかに汗をかいているのは、寸前まで性交していたのではないかという疑念すら抱かせてしまうくらいだ。
「相変わらず元気そうだな、カールス」と、ガロが言う。
カールスは、右の広角を上げさらに右の眉毛も軽く持ち上げるという、やはり若作りしたキザったらし笑顔でガロを迎えた後、その後ろのクロウたちを見た。
「新しい女か?」
「ああ」
「今回は二人なんだな」と言いながら、カールスがクロウたちのもとへ歩き始めた。
「事情があってな。すぐに連れてくる必要があった」と、ガロもその後についていく。
「ちょうど良い。この間二人壊れちまってな」
「そりゃまたどうして?」
「一人は梅毒。頭まで回っちまった。もう一人は孕んだガキ産むときに一緒に死んじまったよ。出産ギリギリまで客取らせてたのが祟ったな」
「丁重に扱ってくれよ。仕入れる方も大変でね」
「最近きついのか?」
「今さらヘルメス侯が取締を厳しくし始めやがった」
「あのレインメーカーが? またどうして?」
「亜人どもが権利権利だうるさいんだよ、最近。雑に扱えん。特にフェルプールが増長してやがる」
「猫耳どもがか?」
「油断ならんぜ、裏でも頭角を現し始めた奴がいる。確かディアゴスティーノってぇスカした名前のチンピラだったな。縄張りを急速に広げててね、もしかしたらいずれヒムとぶつかるかもな。まぁ、俺は有利な方につくだけだがね」
「猫耳がか……信じられん時代になったな」
フェルプールは頭が悪く感情的、しかも人間に比べ短命で、さらに自由奔放すぎるので、エルフと人間が中心となる戦後の産業化社会とは相容れないというのが一昔前までの彼らの常識だった。
「猫耳といえば……。」
二人はクロウたちの前まで止まった。
ガロはカールスに紹介する。「話してたその雑種だ」
カールスはほう、とクロウを見た。
「……こっちの女は?」
「一緒になったただの人間の女だ。親に売られたんだよ」
「妹の薬代作りたかっただけなのに、アンタが母さんを騙したんじゃないのさ。何が金持ちの下働きだよ」
肩をすくめてガロが言う。「似たようなもんさ」
カールスはシーナをまじまじと見つめる。隠そうともしない性欲に溢れた目力に、シーナはたまらず目をそらした。
「名前は?」
「……シーナ」
カールスはそうか、と言って腰からナイフを抜き出しシーナの顔に差し出した。シーナの目が恐怖でうろたえる。
ナイフはシーナの顔から少し下がると、彼女の乳房を支えるボディス※の紐から上着の襟元にかけまっすぐに切れ目を入れた。
(※袖なしのベスト)
「ちょ、ちょっと何するん――」
そしてカールスは切れ目に手をかけ、一気にシーナの衣服を下着ごと引き裂いた。
「きゃあ!!」
シーナは露わになった体を隠そうと手枷のままの腕で体を隠ししゃがみ込む。しかし、そんなシーナの髪をカールスが鷲掴みにして引っ張り無理やり立たせた。
「……隠すな」
カールスがシーナの体を検分するように、一切の遠慮もなく眺める。シーナの尻を掴み無理やり後ろを向かせてから「体は、まぁ及第点としよう」と、やや残念そうに言った。
「足を開け」
「え?」
カールスはシーナの内ももをナイフの腹で叩きながら「聞こえないのか? 足を開けと言ってるんだっ」と、どやしつける。
シーナは恥辱に顔を歪ませ足を開くと、その開いた足の間にカールスが手を入れ陰毛をまさぐった。きつく閉じたシーナの口から息が漏れていた。
カールスが顔を上げる。
「お前、処女か?」
「……いいや」
「ま、そんなもんだろう。じゃあ口は使ったことはあるか?」
「……え?」
「口でチンポコ満足させたことがあるかと聞いてるんだ!」
「そ、そんなのないよっ」
カールスはこれから覚えろ、と言い残してからクロウの前に立ち、そしてシーナにしたようにナイフを突き出した。
「……私に触らないで」と、クロウが無表情で言う。
カールスが目を見開き、そしてガロを見た。
ガロが含み笑いしながら言う。「気をつけろよ、カールス。その女、昼間に男数人相手に大立ち回りしたばかりだ。そいつぁ猫じゃあない、豹だ」
「ふん、いいだろう。服の上からでも体つきの良さは見て取れる。お前は処女か」
「違うわ」
「口でやったことは?」
「口でやるのは得意よ」
「ほう」カールスが目を細める。
「昼間も野郎の耳を喰いちぎってきたばかりだからね」と、クロウは牙を剥き出して挑発した。
小娘に徴発された怒りでカールスの目が座り、そしてしつけの裏拳をクロウに食らわすため大きく振りかぶった。
だが、予備動作バレバレのその裏拳がクロウの頬に届く直前、振り向いたカールスの顔の鼻っぱしらにクロウが頭突きをぶちかました。
「ぐがぁ!」
カールスはたたらを踏んで後ずさる。
腰を折るカールスを見下しながら、ガロが呆れたように言う。「忠告したろう。気をつけろと」
「く、くそっ」と、顔を振ってから鼻を押さえカールスは腰を伸ばす。
「期待の新人って事でこれは大目に見てやる。だがあまり手こずらせるなよ。手足をぶった切って見世物兼任の娼婦にしてやってもいいんだからなっ。……返事はっ?」
「……サー」
そのクロウの物言いに若干イラついたようだったが、カールスはついて来い、と女たちを連れて建物へ向かった。
「あ~そうそう。カールスっ」
「何だ?」
ガロは御者の席からクロウたちの荷物を取り、カールスに渡した。
「ふん、奴らの私物か……だが何だこの棒は?」
「あの雑種の持ち物らしい。親の形見くらい持たせてやってもバチは当たらんだろう」
そうか、と言ってカールスが巻いてあった布を剥がし鞘をいじっていると、鞘が抜かれ刀身が露わになった。
「これ、剣じゃないかっ」と、カールスが驚く。
「何だ、棒じゃなかったのか」
「……まぁ良いだろう。機会があったら売っぱらうさ」
そうしてカールスは建物、娼館に入っていき、ガロは馬車に乗り込みヘルメスの中心都市へと帰っていった。
ガロは帰路の中、ふと気がかりになっていたことを思い出した。
あの長屋から連れ出すとき、俺が見たのは多少勝気程度の女だった。だが、ヒムに襲い掛かったあれはいったいなんだったのか。そしてヒムの耳を食いちぎった後から、あの娘の様子は少しおかしかった。まるで、別の何かに変貌していく途中のような。あれがフェルプールという種族の持つ気性というものなのだろうか……。
彼が女を娼館に引き渡した後にあれこれ考えるというのは初めてのことだった。だが、それは煙草の不始末の気がかりの程度ものだった。
しかしその不始末は、後々に起こる大火の火種となるのだった。
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