幕引きか幕間か

 それから日が落ちる前に、私はディアゴスティーノから残りの報酬を受け取るため、四季亭へと足を運んだ。


「わざわざこんな高いところに毎回呼び出さなくても」

 まだ日が高く、開店したばかりの時間だったので周りに客はいなかった。カウンターでは以前とは違う、若いバーテンがグラスを拭いている。肌の色合いから、東方民族のようだが。

「悪ぃかよ。俺が気に入ってんだよ」ディアゴスティーノは麦酒のジョッキを手にして言う。その割には大して飲んでいないようだった。

「そうか、私は飲まずに金だけ受け取らせてもらうよ」

 ディアゴスティーノは私の荷物を見て言う。「もう行くのか?」

「ああそうだ。なんだ、名残惜しいのか?」

「馬ぁ鹿言ってんじゃねぇよ」

 ディアゴスティーノは足元の鞄をカウンターに置き、中から札束を掴んで取り出した。ボロボロの100ジル紙幣の束が私の前に置かれた。

「ほらよ、15000ジルだ」

「どうも……。」 

 私はそれを指で簡単に数えると、懐にしまった。

「確認しなくていいのかよ?」

「大体はあってるみたいだからな」

「大体って……。」

「なに、借金も貯金も10000ジル越えればどうだって良くなるもんさ」

「借りてる側にそれ言うか?」

「気を悪くするな。ところで……。」私は札を一枚懐から取り出した。「これ、随分と使い古した札のようだな」

「ああん? 文句あるかよ。ご祝儀じゃあねえんだぞ。ピン札用意しろってか?」

 何故かディアゴスティーノは思った以上に気を悪くしたようだった。

「……いや。貴族様から受け取ったろう金が、色んなところを旅して回っただろう札で支払われるってのが奇妙だっただけさ」

「そりゃあオメェ、それは俺の方で用意したモンだからさ。あのエルフからはピン札で貰ったさ。俺んとこにある金と合わせて数えてる内に混じったんだよ」

「……全部ボロボロになって?」

 ディアゴスティーノは指を立てて言う。「よぉクロウ。親切心で言っとくぜ? あんまり詮索するんじゃねぇ。この仕事は終わったんだ。幕も降りてオメェはもう無関係。役者は全員楽屋にはけちまった。とっと次の仕事を探すんだな」


「オーケー……。」私は立ち上がりそのまま店を去ろうとしたが、昼間の一件を思い出してディアゴスティーノを振り返った。「ああそうそう、昼間私を訪ねてきた奴がいた。お前さんの紹介かい?」

「いいや。オメェも有名になったもんだな」興味の無いように言っているがその実、体が完全にこちらを振り向いている。「で、誰だそれは?」

「いや、知らないならいい。お前さんには無関係だろ?」

「そりゃあそうだが……。」

 それは、何かを無性に聞きたそうな顔だった。

「エルフの女さ。てっきりお前さんの紹介かと思ったんだが」

 だがディアゴスティーノは不可解な顔をしたままだ。

「エルフといえば……ベンズの村に昔エルフがいなかったか?」

「エルフ?」

「ああそうだ。ちょっと気になってね」

「いるわけねえよエルフなんざぁ。あんなへんぴな村にはな」

「そうだろうね」


私がドアのところまで行き手をかけるとディアゴスティーノが言った。「いや、待てよ。オメェにそう言われたら、何だかそういう気もしてきたな……。」

「なに?」

「いや、やっぱり何でもねぇ。エルフなんざいねぇよ、あそこにはな。これまでもこれからもな」

「そうか……。」


 幕は幕引きしたのか、それとも単なる幕間(芝居の演技が一段落して幕をおろしているあいだ。芝居の休憩時間)か。

 後ろ髪を引くディアゴスティーノの様子からは、どうやら後者のようだったが。

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