ヘルメス侯爵
ヘルメス侯の部屋の床はワインレッドの
「無事だったようだな。何よりだ……。」
「はい……。」
しばらく二人共沈黙した。切り出したのはヘルメス侯だった。
「驚いたぞ。まさかディオール様を連れ戻すとは」
「……神のご加護があったからこそです」
ヘルメス侯は、ウムと頷くとやはりまた沈黙した。何かを探るように考えた後、ヘルメス侯は私に目を向けた。
「お前は?」
「キャットイヤー・ライリーと申します。この度、ロ……イヴ様の旅にお供させていただきました、一介の戦士です」
「ほう、お前一人でか?」
「……はい」
「女でありながら戦士とは……。」
「……意識を怠らぬ短所は時として武器にも成り得ます。女であるが故に
「なるほど……道中はいかがであった?」
「ゴブリンに襲われましたが、なんとか切り抜けることが……。」と私は言った。
「何と、ゴブリンに……。」
違う。この瞬間だけ顔を上げヘルメス侯の表情と声を観察したが、純粋に彼は驚き戸惑っている。
「しかしまぁ、噂では最近のゴブリンは以前にも増して凶暴だと聞き及びますが、どうやら噂の域を出ないようですなぁ。何せ、女二人で切り抜けてしまうのですから」と、私たちの後ろに控えていたカルヴァンが言った。
「カルヴァン……。」ロランが跪いたままカルヴァンに顔を向ける。
「女だからこそ乗り越えられた、確かに女には男にない
「貴様、彼女に詫びろっ」ロランが立ち上がった。
「気にするな」跪いたまま私は言う。「種族問わず色んな男たちが私に同じ言葉を吐いたよ。口からドブの臭いを出すオークの口からも、このお兄さんと同じ言葉が出たもんさ。まぁつまり、
カルヴァンの口からくぐもった音がする。
「ヘルメス様、もうお分かりでしょう? 今回は女二人で達成できるほどの簡単な試練だったのですよっ。イヴ様の後継者としての器量を図ることなどできないっ」
ヘルメス侯は確かに、と言いたげに顎ひげを撫でた。
「剣術でボクに勝ったことのないお前が言うのか?」と、ロランが言う。
「イヴ様、稽古と実戦は違いますよ。木剣で何が分かるというんです」
「実戦ときたかい」私は思わず鼻でせせら笑ってしまった。
「なにぃ?」
私はカルヴァンを無視して言う。「“レインメーカー”、どうやら噂以上ですねヘルメス侯。実に巧妙だ、感服いたしました」
「……どういう意味だ?」
ヘルメス侯が反応した。
「理不尽な二択というものですよ。私の技量が及ばなければ簡単な試練だということになり、私の技量があれば彼女は楽をしたということになる。どちらに転がっても貴方はご息女を否定することができる」
「……お前は、私がそんな姑息な真似をしているとでも言うのか?」分かりやすくヘルメス侯の顔が怒りで曇り、緑色の瞳が霞んだ。
「おい女、無礼だぞ!」とカルヴァンが口をはさむ。
「しかも、こんな大根役者に台詞を仕込んでまでね」私は顎でカルヴァンをしゃくって言った。
ロルフがか細く、クロウ落ち着いて、と言うのが聞こえた。
「この御無礼を償うのであれば証明するしかありませんな、私の技量を。そうした後に貴方がたが私の申したような事を仰るのであれば、それは無礼でも何でもない。真実を口にしたまでということです」
この女ァとカルヴァンが言い、そわそわと私とヘルメス侯を交互に見る。
「……で、その技量とはどうやって証明するというのだ?」と、ヘルメス侯が言う。
「簡単ですよヘルメス侯。この屋敷の手練を用意してお手合わせ頂ければいいんです」
「馬鹿めっ」とカルヴァンは吐き捨て扉の方へと歩み寄った。そしてカルヴァンが「リチャード! ジェームズ!」と声をかけると、扉の前の衛兵が二人入ってきた。
「よろしいですね、ヘルメス様っ」興奮しっぱなしでカルヴァンが言う。
「かまわん……。」そう言うヘルメス侯の目は、完全に私に対して敵意をむき出しにしていた。
「我々三人が相手をしよう。せめてもの慈悲だ、この中から選べ」と、カルヴァンが言う。
「選ぶ? 技量を証明するなら全員を相手にしないとダメじゃないのかね?」
「いいだろう! ではこのカルヴァンから相手になろう」
「お前さんから?」
「そうだっ、今さら臆したか?」
「いや……。」そう言って私は後ろの二人を見た。「
一瞬の沈黙。
「なめるのも大概にしろよ!」カルヴァンは叫ぶなり鞘から両刃つきのレイピアを引っこ抜いた。
私も挑発的に笑いながら刀を抜く。左手に鞘を持ったままの状態で。
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