第985話:ライマリー=ナーズⅩ~説得、問題~

「空の向こうは平和な地上があってだな、俺はそっちから来たんだよ」

「らしいな」

 何度もチャンスはあったものの、結局脱出には失敗し続け2年ぐらい経ったか。

 今では信用もされて、基地の一員として扱われている。

 あの副官もこういう経緯であの地位にいると思うんだが、いまだになぜ彼が向こうへ戻るのを邪魔したのかわからない。

 確かにこっちの暮らしも当初思っていた程悪くはない、歩く感覚も慣れれば問題ない。

 食事の度に消化支援ダンスを踊るのも最初は意味不明だったが、すぐに意味を理解して慣れた。

 しかし、慣れたら思ったより不便じゃないね、という程度の話であって俺は帰るチャンスがあればすぐに帰りたい。

 戦争で死ぬのも御免だし、

「あの副官に会わせてくれないか」

「だめだ、その申請は却下するように言われている」

「俺が向こうへ戻ればこの戦争に勝てるだけの物資を向こうから持ってこれる」

「それは嘘だ、向こうからこちらへ来るのにどれほどかかった? 再現性はあるのか? あの乗り物は物資をそれほど載せられるようには見えないが?」

「それもあの副官からの話だよな?」

「あぁ、そうだよ。彼は無理だとわかっているから、止めているんだ。それはここまで来たお前が一番わかっているだろう?」

「ぐぬぬ……」

 彼に説明してもだめだ、彼には知識が足りていない。

「あの機体にはここまで来る途中のデータが蓄積されているから、それを向こうで解析すれば安全にこちらと向こうを繋ぐ方法が確立できるというのに……か」

 思考を読んだかのように後ろから声が聞こえてきた。

「あんたは……」

「久しぶりだね、まだ向こうに戻ることをあきらめていないか」

 あの副官だ。

「まぁね。こっちも悪くはないが、俺は向こうに帰りたい」

「だろうな、別に帰してもいいぞ」

「え?」

「来れたなら帰れる、と思っているんだろう?」

「帰れるだろ?」

「少し昔話をしよう、君は席を外してくれ」

 そう言って俺の上官を払う。


「察しはついているだろうが、私も向こうから来た」

「だろうな」

 今更衝撃の事実というほどでもない。

「君の乗ってきたアレも見させてもらったが、なかなかいいものだな。私の船には叶わないが」

「そいつはどうも。前置きはいいから、なんであんたはここに留まったのか、なんで俺を帰してはくれないのか、答えてくれ」

「せっかちな奴だな」

「2年は長すぎだ」

「そうだな、いいだろう。俺が留まったのは、帰れなかったからで、帰さないのは無駄に資源を使わせたくなかったからだ」

「どういう意味だ?」

「ここでは落下という概念が無いだろう?」

 そういえばそうだ、ここではみんな地に足つけて暮らしているが、適応した歩き方をしているだけで落下はしない。

 かと言って無重力であるわけでもないという不思議な状態でもあるのだが、それがどうしたんだろう。

 落下しないなら、逆に上りやすくあると思うんだけど。

「ここに来る途中で君が落下しなくなったところ、あそこがとんでもなくてね。あそこを超えると上昇できなくなるんだよ。落下も、上昇もできない境界線があそこにはある。君も、あそこに留まってはいたけど、あの段階で帰ろうとは試みなかったから知らないだろうけどね」

「つまり?」

「帰れないってことだよ、何度も言っているだろう。私の船は解体してこの基地の資材にしてしまった。君のもそうしてもらいたい、あくまで持ち主は君だから、君の許可を得てからだけどね」

 まさか本当に帰れなくて、ここで死ぬまで基地生活をしなければならないっていうのか……?


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