第958話:ミリズ・ズルト~隠した~

「その後ろに隠したものを出しなさい」

「いやだ」

 先ほどからずっとこの押し問答を繰り返している。

 なんて強情なんだ、いったいいつまでこの調子で繰り返せばいいのか。

「まったく、そんなにそれを渡したくないの?」

「うん、特にあなたにはね。だから、もうあきらめて」

 なにをそんなに気にしているのか、私にはわからない。

 これはこの人にとっては取るに足らないもののはずだ。

「それをこちらによこしても、君は特に困ることはないだろ?」

「本気で言ってる? あなたこそ、これをどうするつもりなの?」

「私にとっても、それはどうしても必要な物なんだ」

 そんなに大事なものだったのか、ならば余計にあきらめるわけにはいかない。

 彼女がこれをどう大事に思っているのかはわからないが、私にとっても同様に大事なものであることは譲れない。

「仕方ないか、君も諦めてくれない」

「あなたが諦めてくれる?」

「いいや、私も諦めるわけにはいかない」

「じゃあどうするの?」

 いまさらどちらが折れるということはないだろう、それはわかっている。私も彼女も。

「どちらかが諦めるまで、この膠着状態は続く、ということね。話し合いに応じてくれるなら話は別だけど」

「あなたが私を丸め込むための交渉を話し合いとは言わないのよ」

 これはまだ、長引きそうだ。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る