第900話:インク・シン~この身滅びても~

「滅びぬものがある、そういう話を今際に残してきたわけなんだけど」

「うん」

 こっちに来た時期が近く同郷ということもあり、彼と過ごしている時間が割と多い。

「結局のところ、私の跡を継ぐ者は現れるかな」

「ずいぶん多くの物を残してきたからさ、きっとそれらを集めて形にしてくれると思うよ」

「そうかなぁ」

 確かに私はいろんなところにいろんなものを残して来たけど、本当にそれが形を成すものなのか、バラバラに残しすぎたのではないだろうか。

「まずは最後の言葉が鍵になる、君が遺した物がなんなのか、みんな探しだす。隠し子なのか、弟子なのか、それとも分身体なのか、はたまた魂のようなもの、君の意思を継ぐものがどこかに隠されていると予測するものもいるかもしれない」

「うん、うん」

 彼の語り方は力のあるもので、だんだんと前向きになってきた。

「そうすれば君の残してきた物が多くの人の目に付く、多数に見られれば意味を解する人もきっといるよ」

「そうすれば、私のやってきたことに意味があったことになるのかな」

「ないなんてことはないでしょ。もし、誰も跡を継がなかったとしても君のやってきたことに意味がないなんてことはない」

「そうかなぁ」

 実際のところ、私は私のやってきたことに自信があったわけじゃなかったんだ。

 最初はそうすることでしか生きられなかったし、請われるようになってもそうすることしかできなかったこともあって、自分の正しさとか、そいうことを考えることはついに死ぬまで無くて、最近ずっとそういうことばっかり考えていた。

「いずれわかると思うよ。しばらくすれば君と、君の後継の誰かを知る人がこっちに来るだろうし」

 たぶん、いずれ来るのだろう。

 後継の誰かには会えずとも、その誰かを知る誰かとは会えるという気はしてきた。

「いつ頃になるかなぁ」

「そのうちだよ、そのうち」

 まだ見ぬ誰かを夢想する私に雑な相槌を返してくる、その雑さに落ち着く。

「すぐには会えないといいなぁ」

「なんで? 残してきた物の成果を知りたくない?」

 それはそうなんだけど、やっぱり私のやっていたことを考えると後継はすぐに表れても困る。

「だって、すぐにこっちに来るってことは私のやってきたことは失敗したかもしれないってことじゃない?」

「そうか、それもそうだね」

 彼は納得したようにうなずいた。

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