第780話:オーホスン-オーフン~夜の月~

 夜空に月を見られなくなってどれだけ経つだろうか。

 数えなくてもわかる、三千と五百七日だ。

 この世界に来てからそれだけの夜を超えた。

 この世界に月は無い、夜には太陽がそれらしい光を放つがそれは月とは違うものだ。

 あの光では私は満たされない。

 月の光でなければ、あの優しき毒を払う光でなければ私はダメなのだ。

 この世界には私の身を蝕む病魔も無いが、月の光が無ければ落ち着かない。


 夜が来て、日は弱まり外へ出る。

 昼の強い光は失われ、薄青い光を放つ太陽の光は月の光に非常によく似ているが、月の光とは質が違う。

 癒しの感覚は感じられず、ただ痛みが無いだけだ。

 まだ昼よりは夜に出歩きたい、その程度の夜だ。

 私が知っている夜は温かみに満ちていて、月以外は何の光も無く、微かな灯りだけが辺りを薄く浮かばせていた。

 そんな世界にまた帰りたいものだ。



 この世界にも月があるという話を聞いた。

 空に月が浮かんでるわけではない、地下に浮いてるらしい。

 地下に浮かぶ月が日中に常に光っているらしい。

 なぜ夜じゃなくて昼に月が光るのかはわからないが、行ってみる価値はありそうだ。


 夜明け前に家を出て、その月が見える穴を訪れた。

 薄緑の光で照らされたそれは地表に開いた大穴で、エレベーターを使って地下不覚へと降りて行った。

 少し長い時間降りつと穴から離れた場所に出た。

 上を見ても天蓋があり、がっちりとした策の向こうには虚無の空間が広がっていた。

 時計を見ながら夜が明けるのを待っていて、暗い中待っていたら日が灯ったらしく、少しだけ明るくなった、それは覚えがある月の光で、さっきまで虚無だった方を見るとみごとな月が浮かんでいた。

 しかし前のような癒される感じはなく、前の世界の月でしかダメなのかもしれない。

 前の世界が滅ぶのを待つしかないのだろうか。

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