第704話:グニ・ジシア〜闇の引力〜

 闇と言うものはどうしてこうも、人を惹き付ける物か。

 本来ならば人は視覚を失う暗きを怖れるものであるべきはずなのにも関わらずだ。

 闇に足を踏み入れ、何も見えぬままに踏み出せば、知らず深淵に落ちることもあるというのに、一定数の人は闇に誘われるように吸い込まれていき、二度と戻らぬこともある。

 闇にはそういった引力のようなものがある。


 それは光学的な闇に限らず、心の闇というものにも同じ性質、闇の引力と言うものが存在する。


「やぁ、今日も明るい顔をしているね。何かいいことあったのかい?」

「ボクはいつだってこの顔さ、いいことは……無くはないかな」

「おや珍しい、いつもはいいことなんてなにもないって言うのに、そろそろその顔が辛気くさい顔なんじゃないかって自分の常識を疑うところだったよ。なにがあったか聞いてもいいかい?」

「彼女の悩みが聞けたんだ」

「ほぉ彼女、そもそも君に彼女がいたこと自体が初耳だが、悩みを打ち明けるとは心が近い証だな。いいことには違いない」

「まぁね、」

「で、その悩みとやらは解決できそうなのかい? それとも話を聞くだけで良かったかい?」

「聞くだけでいいってさ、確かにボクがどうこうできるものじゃなかったし、意見する内容でもなかったからね」

「そうかい、それでも距離が近づいたことは良かった」


 当たり障りの無い会話をするつもりではあった。

 知らなければそうすることもできただろう。

 しかし、私は知っている。

 彼が言うがこの世界に存在しないことを。

 それはかつて触れた彼の闇の一端で、その彼女が悩みを打ち明けたと言うのだから、うっかり私は身を乗り出してしまった、もちろん心情的な話だが。


「それで、聞いた悩みって言うのはどんなものだったんだい?」

「…………それを聞いてどうするつもりだい?」

「いや、単なる興味としてね。それと、君よりも多少人生経験は豊富だし、もしかしたらなんとかなる場合もあるかと思ってさ」

「確かに君なら何とかなる話かもしれない」

「うん、なんでも言ってみてくれ」

「実は、ボクの友人に会ってみたいらしいんだ」


 足を踏み外したかもしれない。


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