第573話:ピグリー・ジャガー~地下アイドル~

「イエーイ!盛り上がってるぅ?」

『イェーイ!』

 お世辞にも広いとは言えないステージ、熱気で揺れる程低い場所に設置された照明、やっとこさ二桁になる観客、物理的地下に設置されたライブハウスで彼女は歌い舞っていた。

 なぜこんな場所でのライブなのか、彼女ならばもっと大きな舞台でそれこそ何前何万、何億という観客を魅了することだってできるだろう。

 それこそ、こんな隠れ家みたいな地下ライブハウスでなければ、すぐに誰かが発掘して、光の下へ連れ出すのは間違いない。


 ライブが終わり、彼女はファンの一人一人と握手をしていく。

 出口付近の壁際にずっといた僕はその列を眺めていただけだったが、僕以外が全員場を後にして、彼女は僕のところへ駆け寄ってきた。

「君は握手いいの?」

「僕は握手文化圏の人間じゃないからね、僕もそろそろ帰ろうか」

「ずっと見てたでしょう?」

「そりゃあアイドルのライブに来てずっと見てないやつなんかいないだろう?」

「そうじゃなくて、うん」

 彼女は一度そこで切ったあと、やや演技がけて

「君は私がこんなところでライブをしているのが不思議でたまらなかった、そうだろう?」

 慣れている、そういう感じの演技だけど、きっと似たようなことが何度かあったんじゃないだろうか。

「……そうだ、君はこんな地下の隠れライブハウスで歌っているにはもったいない。そう思っている」

「やっぱりずっと見てたんだ、昔の私を」

「昔の?」

「知らずに見てたの?見る目があるね、前の世界での私はトップアイドルだったの」

「へぇ、それは流石というかなんと言うか」

 そこで反応的にもう一度この場所のレベルを確認してしまう。

「だよね、一度トップアイドルやってたのに今じゃこう。受けないのよ、私みたいなのはこの世界じゃね」

 そんなことはないだろう、そう言いかけたが彼女には彼女の事情があるのだろう。

「ま、やろうと思えばいつだって明るいステージにも戻れるんだけどね、今はこっちのほうが大事なんだ。良かったらまた来てよ」

 そう言って彼女は僕の手を握り、笑って出て行った。

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