第386話:イメリ〜もしもの話〜
「もしもあの時、ああしていたら」
もしもはあくまで、もしもであり、言ったところで実現しない。
しかし言わなきゃやってられないこともある。
今日も、そういうやってられない気持ちを乗せて呟いただけだった。
そして、運が良かったのか悪かったのか、それを聞いていた奴がいた。
「あなた今、もしもって呟きました?」
なんだこいつは、その風貌はまるで道化師、そういうメイクか、はたまたそういう肌の種族か。
「呟いたけど、それがどうした?」
「いやはやわたくしその、もしもという単語がものすごーく好きでしてね、聞くと話しかけずにはいられなくなってしまうのです」
「ああ、そうか。迷惑だから消えてくれ」
「そんな冷たいこと言わないでくださいよ、そんなもしもが口癖になっていそうなあなたにいいお話を持ってきたのです」
「言い話?」
こういう演技がかった話し方をする奴は信用ならない。
「はい、実はわたくし、そのもしもを見せる能力がありましてね、早い話が、あなたのもしもを実際に見せましょうとい話ですな!」
すごい、全然要約するほどの話しでもないのに要約しようとして、結局そのままのことを言っている。
「って、もしもを実際に見せる能力?」
「そーうです、もしもが実際そうなっていたらどうなるか、それをわたくし、見せることができるのです!」
なんだろうか、悪魔の類いか。
「対価は、何か必要か?」
「いえいえ、対価などあなたからはなにもいただきません」
「怪しすぎる、帰ってくれ」
「いやー!あれですな?ただより怖いものはない、という奴ですな?仕方ありませんあぁ、強いて言ってしまえば、わたくしにとってはこの能力を使わせてもらうことが対価といっても良いのです!」
「具体的には?」
「わたくし、他人の人生観という奴を収集するのを趣味、生業としておりましてね、この能力を使ってあなたが見るものはわたくしも見ることができるので、つまりはわたくしのコレクションのひとつになるわけですな、あまーり印象はよくならないので言いたくはなかったのですがねぇ、言わなかった場合のもしもを見てしまうと、どうにも言った方がよかったわけで」
もしかして、こいつの能力は人生における選択肢の再選択ができるのか?
あのときのもしもを変えられる?
それならば、
「わかった、もしもを見せてくれ」
「あうけたまわりましたぁ!」
目が光ったように見えた。
景色が溶け、どこか懐かしい記憶に塗り変わる。
意識が混濁し、直前の状態が塗りかわり、あのときに戻った。
「行かないでくれ」
言えなかったはずの一言を言った。
その言葉は、彼女を引き留め、記憶にないあの生活の続きが始まった。
多少の不幸はあったが、それを上回る幸福が日常に溢れていた。
ある日、不思議なメイクをした奴を見かけて、俺は現実に戻ってきた。
「どういうことだ」
「はて、なんのことでしょう」
「あの世界のはどこへ行った」
この世界に戻ってきたくはなかった。
「ああ、もしもの世界を見せられるのは、現在までの時間でしてねぇ、そこで再生は終わりなのですよ」
なんてことだ、やっぱりあの世界は幻、存在しないif。
「もう一度、別のもしもを見せてもらってもいいか」
「どうぞどうぞ、なんなりと」
「今日ここで、あんたに出会わなかったもしもを見せてくれ」
悪魔は口許お大きく歪めてわざとらしく笑った。
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