第223話:誰もいない裏路地の話

 生ゴミ入れた箱を外に残して定食屋裏口の扉は閉まった。

 裏路地には誰もいない。誰の目もない。

 動くものも何もない。

 ただ、繁盛しているらしい定食屋の中から客と店員の声が壁越しに遠く聞こえてくるだけだ。

 日の光りも届かず、常に薄暗い。

 地面のタイル素材によって湿気は溜まらず、先日雨が降ったばかりだというのにジメジメしたり、水溜まりが残っていたりするようなことはなかった。

 少しの間何も動かなかった裏路地の影の中、特に黒い影がモソモソと動き出した。

 その黒い影は質量を持たない生命体のようなもの、世界によっては生命体と定義されるものだが、生命であるとしない世界の方が多い物。

 それは大体どこの世界でも通用する表現をするのならば動く影。

 それが元いた世界では【モスモ無害な影】と呼ばれていた物だった。

 モスモはどこに目に該当する器官があるのかは定かではないがキョロキョロと、辺りを探るような動作を見せて動き出した。

 地面の上を滑るように動き、先程置かれた生ゴミの箱に向かった。

 モスモらは通常の生命らしい食事を必要としないが、湿気のある物に寄せられる性質を持つ。

 このモスモは定食屋から定期的に排出される生ゴミの持つ湿気を目当てにこの場所に潜んでいるのだろう。

 箱に潜り込み、少しの間動きを止める。

 そして、満足したかのようにスィーと元いた影のなかに戻って動かなくなる。

 モスモは人前で動くことは滅多に無く。

 もし今、この裏路地でのことを誰かが見ていたとしても光の加減で影が動いているだけにしか見えなかっただろう。


 誰も見ていない裏路地の話。

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