第88話:カシファン-マーナシア〜思考迷宮〜

「君はどこから来たんだい?」

 道を歩いていると、突然話しかけられた。

 私は歩みを止め、声の主に目を向ける、道端に座り込んで、酒を飲むおじさんだ。

 私は、酔っぱらいの言うことだと、それを無視して再び歩き出す。

 しかし、おじさんの言った言葉がどうにも頭に引っかかる。

 私はどこから来たのか、おじさんが言うどことはどこのことを指しているのか。

 どこの世界から来たのか、どこの町から来たのか、であれば答えは簡単だ、私はモッペという世界から来て、この街、グルヴェートに住んでいる。

 もし、今どこへ行ってきたのかという問いであったならば、ちょっと買い物で【カッポレア】に行ってきたという答えになる。

 それだけの質問だったのだろうか、思い出してみると、私が見たおじさんの目はただの酔っ払いのそれでは無かったように思える、この質問にはもっと深い意味があるのだろう。

 いったい、おじさんが言った「どこ」とは何のことを指し、「君」とは誰を指すのか、もう一度引き返して聞いてみるというのも、本当に酔っ払いの戯言だったことを考えると馬鹿らしく、私は答えの出ない思考の迷路に迷い込む。

「君」というのが、私のことであると仮定して、「どこ」という表現が問題だ。

 私は、いったいどこから来たんだ?

 そういえば、この世界に来たときに説明を受けた「転生した」という言葉の意味を改めて考えてみる、死んだ人は全員この世界に来るらしいのだが、死体が消えるというのを見たことがない、つまりは魂だけがこの世界に来ているということなのだろうが、生き返った場合も一度死んでいるならば、この世界に転生してくるらしく、魂がそのまま来るというわけでもないらしい。

 そうなると、今この私の魂はどこから来たのだろうか、そもそも、私は本当にカシファン-マーナシアなのだろうか?

 「どこ」を掘り下げようかと思った結果、「私」という存在についての疑問が生まれてしまった。

 少し、休憩しよう。

 道に等間隔に設置されているベンチに腰掛け、持ってきていた飲み物を飲む。

 …………この飲み物はいったい、どこから来たのだろう?

 私が以前買って、自宅で保管していて、今日、家を出るときにカバンに入れた、それははっきりしている。

 問題はその前である。

 私が買う以前のこの飲み物、お店に並ぶ前、工場から運ばれる前、ボトルに注がれる前、飲み物に加工される前、その素材も、転生してきた物なんだろう、転生するにあたって、もとの世界で死んだ体は消滅したりしない、では、どこから物体として現れるのか?

 ああ、休憩していたはずなのに考え込んでしまった。

 良くない癖だ、まったく休憩出来ていない。

 改めて考える、転生してくる前の世界で生き返ることが、この世界から帰ることではないということは、元の世界に魂は留まっているのだろう。

 つまり、肉体も魂も向こうの世界に残っていて、じゃあこの世界の私は?

 コピーされただけのカシファン-マーナシアの偽物なのだろうか?

 つまり、「君」は「どこ」から来たのか、という問いの答えは、「私」は「卵の中」から来たということになるのだろうか。

 私は来た道を駆け出していった、考えながら歩いて来た道は駆け足ならすぐで、さっきの問いかけをして来た酔っぱらいのおじさんはすぐに見つかった。

「おじさん、「私」は、「卵の中」から来ました」

 私が考えてたどり着いた答えを、出題者であるおじさんに突きつけた。

「はぁ、誰だい君は?」



 酔っぱらいの戯言、だったのだろうか。

 いや、この言葉も「私」という存在をもっと掘り下げろと言う問いかけなのだろう。

 私はまだ、思考の迷宮から出ることはできない。

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