第36話:ローパル・ナット〜悪戯魔機構技師〜

「おい、ナット」

 暗い工房の外から私を呼ぶ声が響いてきますねー、しかし私は応えませんよー。居留守というわけではなくー、普段からこんな感じなのですけどー。

「ナット、いるんだろう?入るぞ」

 鍵のかかっていない扉を開いて、彼は私の工房に無遠慮にも返事を待たずして入ってきましたねー。

 いやー、私はいつも「わざわざ言ってから入るなんてー私の工房には、ひつよーないですよー」と言っているというのにいつも彼は律儀に声をかけてから私の部屋に入ってくるんですよねー。

 私が絶対に返事をしないとわかるまでは、全く工房に入って来たりはしませんでしたしー、そういう世界で生まれ育ちでもしたのかというほど融通が効かないんですよねー。

 いやー、面白い人です。いつも作ったアイテムも彼に最初に見てもらうんですよー。

 丁度今も彼は私の呼び出しで私の部屋に来てもらってましてー、私は想定外の留守って設定になってるんですよー、新作のアイテムを見てもらうって名目で呼び出してましてー、実際その通りなんですけどねー。

 まぁ、見てもらうという表現はふさわしくないかもしれないですねー?試している、あたりが適切でしょうかねー?

「ん、珍しく本当にいないのか?物理鍵程度もかけないとは相変わらず不用心な奴だ」

 新作アイテムを彼で試すにあたってー、私は隠れていまーす。一応工房の中にいますしー、普段も工房に鍵はかけてないですがー不用心なわけじゃないですよー?本当に持ってかれたりー、見られたりしたらー、困る物には自作の普通の思考じゃ絶対に解けないプロテクトをかけてあるのでー、問題はないですしー。

「相変わらず散らかっている部屋だな」

 工房内を見回しながら、雑な並べ方をされている資料群や設計図や作りかけっぽいアイテムの部品などが雑多に置いてある机の上を見てますねー。

 ちなみに工房内の雑多な物の配置は全て彼の行動を誘導するために計算されているのですよー、確かに普段から散らかし癖がありますが、自作魔道具「お部屋片付ける君」や「欲しい物取り出しちゃん」で作業をするときは部屋の中は整理された状態を保ってますしー、彼が来てる時は基本的に視線誘導や私への認識調整のためにわざと乱した状態にしているだけなのですよー。

「ん?これは……」

 彼は机の上の少しだけ空いた空間、そこに置いておいたシンプルな棒状の魔道具、所謂ワンドと呼ばれるような見た目のそれを、彼は私の狙い通りに手に取った。

 引っかかりましたねー?あれぞー今回彼に体験してもらう新作アイテム

「うぉっ」

 彼が棒魔道具を軽く振ってみると、それはピシピシピシという小さな断裂音を何重にも重ねて響かせ、折れちゃいましたねー。

「は?、ちょっと待った、折れた?」

 彼は慌てて、折れた部分をくっつけてみたり、折れた部分をよく見てみたりしている。

 この新作アイテム、用途としては棒を見つけると思わず振ってみたくなる人をターゲットにした、悪戯アイテムなのである。ちなみに名前は「勝手に折れる君」です。

 見た目はシンプルで丈夫そうなワンドなのだが、軽く振っただけで折れる、むしろ手に取って置き直しても折れる、手に取った時点で折れることが確定するように魔法を編み込んであるのだ、しかも断面は、あからさまに複雑な魔法式をグラス繊維にしたものを幾重にも編んで作られていることが素人目にもわかるように、形で作られており、折ってしまった罪悪感や、弁償やその他の責任感を刺激し、もしかしたら直るかもという希望を根こそぎ奪いとるという構造にしてある。

 ちなみに魔術式は魔術のプロが見ても何の術式なのかがわからないように何重にも偽装を施してある。

「おいおいおい、最近ナットが徹夜で作ってた試作品ってこれじゃねーのか?やべぇって、俺にはあいつみたいな細工の腕も魔術式を物質に変換するなんて技術もねーし直せねーよ」

 ちなみに彼は残念ながら気づかなかったし、本来の用途には用いることができないのですが、机の上に広げてある設計図はこのアイテムの物で、小さく「絶対に振っちゃだめー」って書いてあるので、気付けばさらに彼のヤバいという感情を煽ることができたのですが残念ですね。彼のことですから設計図を見たら何とかなるかもという思考にたどり着くと思ったのですが、想定が甘かったようです。

 一通り彼の慌てっぷりを堪能したところで、仕掛け人の私登場ってわけなのですー。

「おやー、もう来ていたのですかー」

 いかにも今ちょうど帰ってきた風を装って、彼がまったく見ていなかった扉を開けて姿を現す。

「お、おうナット。出てたのか、いない間に部屋に入ってすまなかった」

 うーん、新作アイテムを折ってしまったことは申し出てきませんねー、魔道具自体も後ろ手に隠しています。

 律儀な性格の彼ですが、流石に自分で責任を取り切れないと思ったことは咄嗟に隠そうとしちゃうんですねー、いい情報です。

「ところで、今日は何の用だったんだ?」

「新作アイテムの試作品をーですねー、見てもらおうと思ってー呼んだんですよー」

「し、新作アイテム!?新作のアイテムなんて作っていたのか!」

 知っているはずの情報をさも知らないことのように語ってしまう、隠し事を隠しきる為に、何の情報を隠すべきなのかを整理しきれていない、典型的な嘘に慣れていない人の反応ですね。よいですよー。

「そーなんですよー、そこの机の上に置いてあったとー思うんですけどー、ありませんねー?」

「俺は知らないぞ?こんな風に部屋が散らかってるからどこに行ったかわからなくなるんじゃないのか?」

 そこにない責任を私に押し付けようとしていますねー、まぁいい手なんじゃーないですかねー?相手が馬鹿であればですけどねー?次の流れとしては手分けして探すことを提案して、どこからか壊れたアイテムを発見という感じですかねー?

「手分けして探してみようぜ」

 ズバリでしたねー。

「そうですねーじゃあ私は棚の方を探すので、あなたは机の周りを探してみてくださいー」

 さらっと罠も仕掛けておきましょうねー。

「お、おう!こんなことにならねーようにたまには部屋を掃除しろよ!」

 さっきも言いましたが、私の工房が散らかっているのは彼を誘導するためですからねー?普段はすごい整頓されているんですよー。

 そんなこんなで、手分けして探す。私は全てわかっているので探している振りですがねー。

「お、これじゃねーか?って壊れてるじゃねーか!」

 わざとらしいーですね、演技なんじゃないかってぐらいわざとらしーです。

「そうですー、それですよー。でも、私ワンドなんて言いましたっけー?」

 探し物の情報を聞いてないのに見つけちゃだめですよねー、聞かなきゃー。

 そろそろネタ晴らしタイムですねー。


「本当にすまん!」

「いいですよー、騙したのはー私ですしー、新作アイテムの性能もしっかり見れましたしー」

 8割私の趣味みたいなものですけどー。

 ちなみにー、この悪戯アイテム、「勝手に折れる君は」は折れた後に、内部の魔術式により本来の所有者の手で自動修復される機能があり、何度でも使用でき、外見も自由にカスタマイズ可能なのですよー。お値段、499パソ(共通通貨単位、1パソ=5円くらい)で発売予定なのですよー。

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