第18話:ロメリス-ピスティス~秘薬の作り方~
「師匠、薬作らないんですか、お客さん今日取りに来る予定ですよ」
「なにか文句あるのかい?」
「ありますよ!ないわけがないでしょう!師匠しか作れない薬なんですよ?師匠が作らないと困ってしまう人がいるんですよ?」
「あたしの知ったこっちゃないね」
「そこは知っといてくださいよ、師匠は薬屋なんですから」
この少し埃っぽく、雑多な棚が並ぶ薄暗い店は薬屋【ファステ】そして僕はそこで雑用として働いているロメリス-ピスティス。見てのとおり、このお店の店主であり僕の師匠でもあるこの人は今日も働いてくれない。
「いいんんだよ、私が作らなくてもそのへんの普通の薬屋でも買えるから」
「嘘でしょ?お客さんにこの薬は私にしか作れないって言ってたじゃないですか」
「それが嘘だよ、とりあえずその辺の薬屋でこのリストに載ってるやつ買ってきて。この店で渡せば効きがよくなるからね。それは嘘じゃないからさぁ」
「プラシーボ効果って奴ですよねそれ」
「違うよー、この店を通すことで魔術的なアレがソレコレして効果が増しているんだよー」
「そんなアレコレって何なんですか、全然説明ができてないですよ」
「この世界には君の知らないことがいくらでもあるんだよ、これもその一つさ。私が君の何百倍この世界で暮らして薬屋をやっていると思っているんだい」
師匠はこの世界に転生してきてすでに何百年と過ごしていると言っているが、外見はまだ二十代に見える、本人曰くそれも薬でなんとかしているとのことだが、もしかしたら僕が知らない長命種なんじゃないかと疑っている。
「本当ですかぁ?」
「本当だよ、君がこの店で働くきっかけになった、ほら君の腕がなくなってしまった事故があるだろう?」
「ありますね」
僕がこの店で働くきっかけになった事故、卵拾いのバイトをしていた僕が転生したての魔物に襲われて腕を食いちぎられたという話だ。その時に僕の腕を直してくれたのは師匠の薬で、それに感動した、してしまった僕は師匠に弟子入りし、この店で働くことになったというわけで、今では騙されたって気持ちが強い。
「その時に君の腕をはやした薬、あれ市販のかゆみ止め軟膏だからね」
そんな馬鹿な、だって僕、その薬に命をとまではいかないけど、かなり人生を救われたのに、それが市販のかゆみ止め軟膏だって?当然、普通のかゆみ止め軟膏に腕を生やす効果などあるわけがない。それはかゆみ止めではなく、腕を生やす薬として売った方がたくさん、高値で売れることだろう。
「流石に嘘でしょう?」
「ホントよぉ、試しに今からかゆみ止め軟膏買ってきなさいよ、見せてあげるから」
師匠はそう言いながら、ごそごそと店で薬草を刻む用の刃物を取り出してくる、まさか、今から腕を切ってかゆみ止め軟膏で腕を生やす気ですか?
「腕切れたら痛いですよ?やめといたほうがいいですって」
「あら、あなたの腕を切ってもう一度効果を体感させてあげようと思ったのだけれど」
そんなこと考えてたのか、止めてよかった。切られるのは僕じゃないしとか思って普通に買いに行かなくてよかった。
「退屈ねぇ」
刃物をしまいながらつぶやく。
「そんなに退屈なら薬作ったらどうです?」
「だからぁ。買って来てって言ってるじゃないの」
「薬を買って来てそれをお客さんに渡すって話じゃなくてですね、先生が薬を作るっていう話ですよ」
「だからぁ、そのために市販の薬がいるんだってば」
「もういいです、買ってこればいいんでしょう」
先生はぶーたれていたが、無視する。この店があるテロン街はとにかく複雑で、一瞬のうちに道の繋がりが狂ってしまう頭のおかしい街で、既に僕の後ろには今出てきたばかりの店の扉ではない扉があるが、何も問題はない。この街に住む物は道の繋がりが変化するのを感じ取り、自分の好きなところにすぐ行けるのだが、僕はまだこの街に住んで日が浅いので
一番近くの薬屋は、30秒後に右方向の扉を開く、と。扉を開くとそこは普通の薬屋。埃臭くもなく、棚に物が乱雑に積まれているということもない、清潔感があり、店主がだらけた格好で寝ているということもない。
自分が働いている薬屋との違いを見せつけられた気分になりながらもとりあえず、メモに書かれた薬を買う。本当にこれ、注文された効能の薬なのかなぁ。買ったものは普通の頭痛薬、胃腸薬、焼けど軟膏、止血薬、魔力ポーション、毒消し、等々。ちなみに注文された薬は不老長寿の薬や、万能回復薬だ。買った薬にはそんな効果欠片もかすっていない。
「ただいま帰りました」
「お、かゆみ止め軟膏買ってきたかい?」
「かゆみ止め軟膏はリストになかったから買ってませんよ、その刃物をしまってください」
「なんだ、普通は腕がなくなってすぐに生えてくるなんて経験滅多にできないんだぞ、積極的に珍しい経験はしておいた方がいい」
「それもうやりましたから」
「二度となるとさらに珍しい経験になるけど?」
「今度、うっかり腕を落とした時に経験させてもらいますから、ところで、お客さんは来てないんですか?」
「うーん、来てないなぁ。でも渡す準備はもう出来てるからいつ来てもいいね!」
「よくありませんから、まだ市販の薬買ってきただけですから」
本当に大丈夫だろうかこの店、流石にこの市販の薬を渡してもお客さん納得しないだろうなぁ、それにしてもなんでまだお客さん来ないんだろう、何かあったのかな。迷ってるとか。
「あ、しまった」
「なんです?」
「そこの札下げといて、それ立ててるとお客さん入ってこれないんだ」
「そういうとこ気をつけておいてくださいよ」
そんなやり取りをしていると程なくしてお客さんが入ってきた。思っていたよりも若いな、この世界で外見の年齢がまったくあてにならないことなんて僕の隣にいる人のせいで誰よりもよく知っているつもりだけど、やっぱり見た目の年齢が若いと気になってしまう。
「ふぅ、相変わらずこの街は迷うな」
「そうね、慣れてないとナビが必須でしょ、肝心のナビの指示もたまに難しいし」
お客さんがいると流石に寝転がって対応とかはしないんだな、しゃべり方がなんか、少し少女っぽくなってる、少しでも若く見せたいのだろうか。でもまぁ、寝間着のままなんだけど。あと、さらりとお客さんがこの店にこれなかったのはこの街の構造のせいにしている。
「じゃあはいこれ、注文通り不老長寿の薬と、万能回復薬ね。気を付けてね、万能回復薬って言っても流石に死んだら治せないから、あと、体への負担が結構大きいしね」
師匠が渡しているのは僕がさっき買ってきたそのままの市販の薬だ。もちろん不老長寿の薬でも万能回復薬でもないことは僕が一番知っている。ていうか袋もそのままだし、気づかない方が不思議だ。
「うん、確かに。間違いないね」
あれー?本当にそれでいいんですか?それ、頭痛薬とかですよ。もしかして頭痛がすると老化したりする種族の人なんですかね?
「あ、そうだ、この薬なんだけどさ」
そう、市販されてる薬ですよ。
「万能回復薬は強力なんだけど反動でなのか翌日動けなくなるんだわ、これなんとかならない?」
そういう話ですか?
「なるけど、ちょっと高くなるね」
「どれくらい?」
「あんたの冒険十回分ぐらいかな」
「うわー高いなー、流石にちょっと無理かなぁ。仕方ないか、まぁ今のこれでも十分だよ、連日ダンジョンに潜ることなんてそうないしね」
その後も暫く世間話をしてお客さんは帰っていった。
「あの薬、本当に不老長寿の薬になってるんですか?」
「なってるって、ほらこれ見てみなさいよ」
そう言って師匠が取り出したのはさっき僕が買ってきた止血薬だ。
「このあんたが買ってきた止血薬を、あんたの傷一つない腕に塗る、そうすると」
「うわぁ」
びっくりした、何にびっくりしたかって、単なる止血薬のはずだったのに、塗られた場所からニョキニョキと毛が生えてきたのだ。
「なんですかこれ」
「見てのとおり毛生え薬、つまりね、私の店が建っているこの場所は薬を変質させることができる場所なのよ、まぁ、私がこの場所にいるから自由に操れるんだけどね」
「本当ですかぁ、もともとこの止血薬に毛が生える副作用とかあったんじゃないですか?」
「なによぉ、今目の前で止血薬を毛生え薬に変えて見せたでしょー、それともなぁに?絶対にそんな効果のないかゆみ止め軟膏で腕を生やしてほしいわけ?切らなくてもいいわよ?腕が三本になるだけだから」
「いやですって。あ、そうだ」
「なぁに?」
「さっきのお客さんに対してなんか、師匠の態度が普段と違うなぁって思ったんですけど」
スパン
「え?」
腕が落ちた。どういう切り方をしたのか血は出てこない。
「さぁ、ロメリス、かゆみ止めを買ってきた方がいいわよ」
「そうすることにします」
この話はこれ以降出さないようにしよう。
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