第19話:メーティカ-メーティカⅡ~退屈な喫茶店~

 退屈、非常に退屈だ。今日は珍しく誰も来ない。いや、普段からお客さんは珍しいのだがそれでも一日に一人は来るものだ。もうすぐ閉店の時間だというのに、今日は誰も来ない。カップを磨いたり、店の掃除をしたり、持ってきていた本を読んでいたりもしたが、すべてのカップ、皿はピカピカでくすみもなく、店もには埃のひとかけらもない。持ってきていた本もすべて読んでしまった。やることがない、暇です。

「ふぁ」

 おっと欠伸が、もうお客さんも来ないだろうし、もうお店閉めて帰って寝ようかなぁ。

 表に出してある看板を取り込むために外へ出ると小さな女の子がいてこっちを見上げていた。

「お客さんですか?」

 なんだかぼーっとしているので、少し心配になる。もう周囲は暗くなっているし、こんな場所にこんな小さい子がいるというのは危ないと思う。見かけで年齢は判断できないし、大魔法レベルの魔法を使える幼女がその辺うろついている世界だけど、やっぱり見た目が小さいと不安になる。

「私はお客さんじゃ、ない、です」

 そうか、お客さんじゃないのか、残念だ。

「お客さんじゃないのなら、迷子ですかね?」

「迷子……、そう、迷子です。ここは、どこでしょう?」

 なんだか、自分の状況に一切の興味がなさそうな、生きている気がゼロな表情をしている。

「とりあえず、迷子ならばうちのお店で何か飲んでいきますか?」

「いただきます……」


「何を飲みます?」

「何が、ある、の?」

「何でもありますよ、うちはどの世界のどんな飲み物でも揃えてますからね、あとはいくつかの軽食も取り揃えていますよ」

「じゃあ、レムニレーゼ、をください」

「レムニレーゼですね」

 ん、レムニレーゼって何だろう、初めて聞く名前だ。

「レムニレーゼ、ないんですか?」

「いや、ありますよ。ちょっとお待ちくださいね」

「え、あるんですか?私、適当に、言ったのに」

 ピー

 センサーが鳴った。とりあえず気が引けるが額にチョップを入れることにする。

「なんで、叩くんですか」

「これを見てください、読めますか?」

「【お客様が店員に対して与えた精神的苦痛を店員がお客様に対して肉体的苦痛でお返しする場合がございます】ですか、これは、叩かれても、仕方ないですね」

「そうです、慎んだ行動をお願いしますね。できれば私も叩きたくはないので。ではちゃんとした注文をどうぞ、こちらメニューですので」

「じゃあ、この、テルテルトルトル、というのを」

「はい、テルテルトルトルですね、少々お待ちを」

 テルテルトルトルを注文するなんて、珍しい。お客さんが少ないのでそもそも注文されないメニューの方が多いが、このテルテルトルトルは発祥の世界であるペルルロでもマイナーという、美味しいのに知っている人が少ないという、レアな飲み物だ。

「はい、テルテルトルトルです」

「ありがとう、ございます。でも、テルテルトルトルがこの世界で、飲めるなんて、思わなかった、です」

 少し顔が緩みましたね。温かく甘い飲み物を飲めば気持ちが緩む、喫茶店とはやはりそういう場所であるべきですよね。

「で、なんであんなところでぼーっとしてたんです?」

「暇だったので、お散歩に出て、気づいたら、知らない場所に、いたんです」

「はぁ、名前教えてもらえます?帰れないのならおうちまで案内しますけど」

「名前、なんだっけ?」

 本気でボケているらしい。転生してきたばかりで混乱していたりするんでしょうか、転生するときに混乱するっていう話は聞いたことないですけど。センサーはなんとか鳴らなかった。

「いいです、今日はもう遅いですし、今夜はここに泊まっていってください」

「いいん、ですか?」

「いいですよ、どうせ明日もおきゃくさんなんて来ないんだし、朝になったら、ターミナルに連れて行ってあげますよ」

「ありがとう、ございます」


 喫茶店の二階にある私室、朝になった。あの子は起きてますかね?

「おはようございます」

「なんでそれ着てるんですか?」

 朝、起きてみたら彼女は既に起きていて、なぜかうちの喫茶店の制服を着ていた。

「なんでって、それは」

『私から説明しようじゃないか!』

 部屋に置いてあるペケペケボアのぬいぐるみが突然喋りだした。確かあのぬいぐるみはオーナーからのプレゼント、そしてこの声も当然オーナーの物だ。

『おっと、驚かせてしまったかな?このペケペケボアのぬいぐるみはただのぬいぐるみではない、私が君へのサプライズ連絡をするために用意したスピーカー入りぬいぐるみなのだよ、カメラも盗聴器も仕込まれていないから安心するがよい』

「カメラも盗聴器もそのぬいぐるみに入っていないのなら、今、どうやって会話を成立させているんですか」

 あのぬいぐるみは後で捨てよう。いや、背中から裂いて中に仕込まれたスピーカーだけ取り出してなおそう。オーナーが選んだにしてはかわいいぬいぐるみだし。

『そんなことはどうでもいいだろう、そして、彼女は君と一緒に喫茶店をやっていく、新しいスタッフさ。どうだい?驚いただろう』

「じゃあ昨日言ってた、迷った、というのは?」

「嘘、です」

『はっはっは、君もメニューに存在しないものを注文されてありますなんて返すのはやめたまえよ、信用を失うからね』

「以後、気を付けますよ」

 さっきからセンサーが鳴りっぱなしだ。しかし、今目の前にセンサーを鳴らしている元であるオーナーはいない。直接出てこず、こんなぬいぐるみを介して話しかけてきたということはやはり、叩かれるだけでは済まないということをよくわかった上での行動のようだ。まぁ、次会った時に持ち越すだけなのだが。

「今日から、よろしく、おねがいします」

「そうですね、一人で退屈でしたけど、これからは退屈しなくて済みそうですね。それで、名前はなんていうんですか?」

「名前、わからない」

 名前が解らないっていうのは嘘でも冗談でもなかったのか。

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