第8話:ミルル・ルルーチェ~不思議の国の姫~

 お腹がすいた、私、ミルル・ルルーチェがそう思えば目の前には大きなストロングベリーのバイ(筋骨隆々のイチゴのような魔物の同姓のつがい)が現れる。うんざりする、今私が望んでいるものはこういうものではなく、お菓子だ。どうにも、この世界に転生してきてから魔法がうまく使えない。名前が近い別の物に置き換わったり、そもそも何も出なかったり。世界の違いがここまで私の魔法に影響するとは思わなかった。もう、私は一生このまま思った通りの魔法が使えずに、筋肉むっきむきのイチゴを呼び出し続けて終わるのね。

「お嬢様、こんな暗い部屋でそのような魔物の番いを呼び出したりしてどうしたのですか?」

「じいや、この世界に転生してきて私と同じくらいの少年になってしまったじいや、もう私にお嬢様なんて呼ばれる資格はありません」

「はて、お嬢様がお嬢様でなくなる理由など、そうですね、魔物の同姓間での情事に興味を示してしまったということぐらいしか思いつきません」

「安心して、じいや。じいやが何を言っているのかわかりませんがそういうことではないのです。私は、私は、私はぁ、ふえええぇん!私は、魔法が使えなくなってしまったのですわあぁぁあ!」

「なんと、ではそこにいる魔物の番いは」

「私が魔法で出したものですが、私はストロベリーのパイが出したかったのです。もう、今までのように、思い通りに魔法を使うことも叶いません。もう、魔法の国の姫なんて、名乗れませんの」

「ふむ、ストロベリーのパイですか。少々お待ちくだされ」

「ふみゅ?」

 目の前で重なってなんぞやをしていたストロングベリーはじいやの手でただのストロベリーのように扱われ、ちゃっちゃかちゃっと、切り刻まれ、そのまま運ばれていった。しばらくして、戻ってきたじいやの手に抱えられてきたものはストロベリーのパイ。

「お嬢様が魔法を使えなくてもお嬢様はお嬢様ですよ、今のお嬢様は疲れておいでなのです、おいしいパイでも食べて、笑顔になりましょう」

「……うん」

 じいやが大事なのは笑顔ですよと指で口角を無理やり押し上げて少しおかしな笑顔を作るものだから、私も笑ってしまった。じいやが作ってくれたストロベリーのパイは甘く、希望に満ちた味だった。

「さぁお嬢様、お嬢様の魔法は希望が原動力なのですから、希望を失ってはいけませんよ、さぁこんな暗い部屋に閉じこもってないで、外に出て日の光に当たることも大切ですよ」

「ちょ、ちょっとじいや、待っ」

 部屋の天窓を覆っていたカーテンが開かれ、部屋の中を陽光が照らす。部屋中に散らばっていた、男性同士でにゃんにゃんしているような本が、今まで暗い部屋の中で見えなかったそれらの本が文字通り白日の下にさらされてしまった。

「じ、じいやこれはちがくて、魔法で、そう、そうなのよ!魔法の失敗で出てしまったの!」

「まったく、お嬢様は仕方がありませんね、では片付けさせてもらいますよ?」

「あっ……、いいわ!もちろんいいわよ!こんな本、いらないですし!」

「はいはい、ゴミに出しておきますね」

「それらの本、ゴミに出すぐらいなら、古本屋に預けた方がいいですのよ!希少な物もありますので、高く買い取ってもらえるのですよ?」

「なるほど、お嬢様は賢くあられますね、このじいや、真に感服しました」

 ああ、なんとか危機は脱することができた、じいやはこのまま本たちを近場の古本屋に売りに行くだろう、それを後から買い戻して、今度は見つからないように隠しておこう。

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