140文字よりちょっと長い短編小説
壺義春
逆転人生
警察官に激しく揺り動かされて目が覚めた。
路上で気を失っていたらしい。
僕は警察官に両肩をつかまれ強引に引き起こされた。
意外なほど体は何ともない。ケガもしていないし、服も汚れていない。
「僕はどうなったんでしょうか?事故か何か・・」
目の前の警察官に話しかけてみた。
しかし彼は外国語の様な全くわからない言語でなにか激しくまくし立てている。
僕は困惑してしまった。見た感じは日本人の普通の警察官なのだが、全く何を言っているかわからない。
それに先ほどから僕の両肩を強くつかみ、激しく揺さぶっている。
僕はなんだか怖くなってしまい、彼から身をかわし逃げ出そうとした。
すると意外にも警察官は僕から手を離し、後ずさりし始めた。
僕が前に進むと一定の間隔を保って後ずさりするのだ。
しかし相変わらずわからない言語で話し続けている。
表情は険しく、怪訝な目つきで僕を睨んでいる。
もしかしたら僕は相当ひどい事故に会ったか、もしくは急病で脳に一時的な異常をきたしているのかも知れない。
脳の言語をつかさどる部分に異常をきたし、警察官の言っていることが理解できないのだ。そんな風に考え始めた。
とにかくこの奇妙に後ずさりし続ける彼の後について行き、気分が落ち着いたら冷静に話しかけ事態を打開しなくてはならない。
今、頼りにできるのはこの警察官だけなのだ。
人通りのない路地をしばらくこの奇妙な体勢で歩き、やがて警察官は後ろ向きのまま交番にヒョイッと飛び込んだ。
僕も交番に入った。
警察官は席に着き、僕もそこに空いている椅子に座った。
相変わらず彼はわからない言語で僕に話しかけ続ける。
僕は冷静に周りを見回してみた。
壁のポスターなどに書かれている文字は普通の日本語だ。読める。
しかし警察官のしゃべる言葉の他にも奇妙な言語が聞こえてくる。
傍らに小さなテレビが置いてあり、ニュース番組が流れていたのだ。
これがまた奇妙だった。
どうやら飛行場での旅客機炎上事故の実況生中継をやっているのだが、字幕スーパーはちゃんと読めるのに実況者の言葉がやはり全然理解できない。
「成田空港で飛行機が炎上したようですね。大変な事故だ」
いつの間にか僕と一緒にテレビを見つめている警察官に話しかけてみた。
しかし彼はわからない言語でボソボソとつぶやくだけで、テレビを凝視している。
そのうちテレビ画面はスタジオに切り替わり、ニュースキャスターが深刻な顔で何かを言っている。
やはりその言語も理解できない。
そしてさらに画面は切り替わり、どこかのお祭りのシーンが映し出された。
「なんだ、大事故が起きたのにずいぶんノンキだな」
僕は呆れてしまったが、そこに妙な物が現れた。
お祭りのシーンにかぶせる様に「ニュース速報:成田空港で旅客機が爆発炎上」と字幕が出たのだ。
「さっき中継してたのに・・」
僕はとっさに、ある仮説を思いついた。
そして振り向いて交番の外を眺めた。
ちょうど自転車に乗った女性が交番の前を横切った。
ただ、その自転車はバック走行をしていた。
「ああ、やはり。でもまさか、そんな奇妙な・・」
仮説はどうやら当たっていた。
つまり、僕はどういうわけか「逆再生人間」になってしまったのだ。
僕の目の前で起こる出来事はすべて逆再生なのだ。
逆に言えば世の中からみて僕が逆再生で動いているのだ。
先ほどの警察官との奇妙な追跡劇だって、周りから見ればおかしな男が後ずさりして逃げていくのを警察官が追跡していたに過ぎない。
そしてやがて警察官に掴み掛かられ、路上に倒されたのだ。
僕は試みにメモ帳とペンを取り出し「成田空港で飛行機が爆発したのを知っていますか?」と書いて警察官に見せた。
警察官はメモと僕の顔を交互に見て、キョトンとしている。
飛行機事故について知らないようだ。
つまり彼にとって成田の飛行機事故はこれからテレビのニュース速報で知る未知の出来事なのだ。
このままここにいても埒が明か無いようだ。
僕は交番を出て、自分のアパートに帰り寝てしまおうと思った。
この奇妙な経験の始まりが路上に寝ていた状態だったので、もう一度睡眠をとればリセットされるような気がしたからだ。
交番を出るときは警察官も呼びとめもしなければ追跡もしてこなかった。
それはそうだ。僕が交番を出る、ということは僕が初めてこの交番を訪ねる。ということだから。
それにしても先ほどの飛行機事故のメモはまずかったかな。
あのメモを見た後、テレビの速報で事故を知った警察官は僕をテロリストだと思うだろう。
だから交番を逃げ出した僕を追跡し、しまいには掴み掛って押し倒したのだ。
今頃あの警察官は僕のことなど忘れてしまっている。いや、まだ僕を知らないはずだが。
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