第6話 自我持参


 「はぁ…良かった…あやめちゃんは無事だ…」


オレが『人間界』に居る間は『精霊界』の時間は経過しない…

二度ほど確認した事象だがどうにも確証が得られず不安であったのだが

あやめちゃんはちゃんとオレの目の前に存在していてくれている。

花畑に座り込んで無邪気に花を摘み花冠を作っている様だ。

家から大急ぎで走って来たから息も絶え絶え、汗もダクダクだ。

…それと言うのも帰りの道中、チャイムが気になる事を言ったから…




「…時に九十九…君たち人間は常に自分の事を人間と認識しながら生活しているのかい?」


「…はい?」


ほんの今しがた…


日暮れ前に『神隠しの山』の山道に向かうべく走っていると

並んで飛行していたチャイムがまた突拍子も無く哲学的な問いかけをオレに向けて来た。


「普段はそんな事を考えないよ…だってそれがあまりに当たり前の事だから…」


『我思う故に我在り』と言う言葉を聞いた事がある…

しかし常日頃から自分の存在について自問自答し続けている人間はそうは居まい…


「うん、そうだろうと思った…

僕も君らが『精霊界』に紛れ込んで来なければ自分が精霊であると改めて意識する事は無かっただろうと思うよ」


「なあ…ところで何だってそんな質問を?」


そう…何故今そんな質問をして来るんだ。

何かが引っ掛かる…


「いやね?ふとあやめは自分の存在をどう認識しているのかと思って…」


どうやら彼女も特に深い考えがあって発した質問ではない様だが…

しかしその発言を受けてオレはチャイムを交えて改めてあやめちゃんについて考察してみる事にする。


「さっき言った通り人間は自分の存在なんて無自覚で日々を生活している…特にあやめちゃん位の年頃の子供はそんな事考えもしないだろうよ…」


「…それがあまりにも当たり前だから?」


チャイムが先程オレが言った言葉を引用して来た。


「そうだ…動物や…そうだな…石ころとか…

そこに居る、在るのが当たり前であって

…彼らはそんな事を疑わないだろう?」


石ころと意志の疎通をした事が無いから分からないけど…

あっ…別にをかけた駄洒落じゃないからね?


「…確かに石ころはモノを考えてはいないね…何かの拍子に自我でも芽生えない限りは…」


何だか怖い事をさらりと言ったな…

そしてチャイムはさらに続ける。


「そこであやめなんだけど…彼女は意識するまでも無く自分は人間であると自覚している…そうだよね?」


「…ああ…きっとそうだ…と…思う…」


その質問に対してオレは段々と自信が無くなって来た。

実際の所、他人がその事についてどう思っているのかなんてオレに特定出来る筈が無いのだから。


「では実際は今はもう自分が人間で無くなっていると気付いたら彼女はどうなるんだろうね…」


「…おい…!?」


この問いに対してオレが考えられる事は………


一つ…子供であるが故に特に気にも留めない…要するに何も起こらない。


二つ…現実を受け止められず自我崩壊…或いは存在ごと消滅してしまうかも?


楽観的なあやめちゃんの事だ…一つ目の線も無いとは言えないが…

もし二つ目であったのなら…考えるだに恐ろしい…

そうなっては救出作戦どころの話では無くなってしまう…それだけは絶対に回避しなければならない。

だがその瞬間がいつ来るとも限らない…

特に今現在の様にオレがあやめちゃんの側にいないタイミングだ。


…胸騒ぎがする…


「お~い九十九!!どうしたんだよ急に…!?」


気が付くとオレは一心不乱に駆け出していた。

置いてきぼりを食ったチャイムは慌てて後を追って来たのだった。




「…何事もなかった様だね…何よりだよ」


「お前が…はぁ…おかしな事を…はぁ…言うから…」


人の気も知らないでしれっと他人事の様に言い放つチャイム。

オレはまだ息が上がったままだ。


「…でもあやめには精霊化の事は黙っていた方が良いと思うよ…

何が起こるかは僕にも全く予想できないから…マジで」


「ああ…分かってる…」


今現在は現状維持でもいい…

ただ、オレが予想するにそろそろあやめちゃんはを起こすはず…

子供なら誰だって思う…『お家に帰りたい』

その時オレはどうするのが正解なのだろうか…

しかし何があろうと再びあやめちゃんを失ってたまるか!!

もうあんな思いをするのは二度とご免だ!!

折角こんな千載一遇のチャンスに恵まれたんだ…絶対あやめちゃんをここから連れ出して見せる!!

目の前で精霊たちと戯れるあやめちゃんを遠巻きに見つめながら

オレは密に胸の中で決意を新たにした。




「…それで、こいつらをどうするんだ?」


オレが言うとはもちろん、部屋の本棚からかき集めたフィギュアたちの事を指す。

妖精、美少女、ロボ、建設重機etc…全く統一感の無いラインナップだ。

まあ大方の予想は付いてはいる。

チャイムはこのフィギュアに仲間の精霊たちを憑依させて自分の様な実体を持った存在を増やすつもりなのだろう。

ただ、彼女がその先に何を目指しているのか…

オレはその意味の確認もひっくるめてチャイムに聞いているのだ。


「さあみんな!!新しい依代が来たよ!!我こそはと思う者は身体を持ってみないかい!?早い者勝ちだよ!!」


チャイムがオレに目配せしたあと仲間である数多の光の球に呼びかけた。

『まあ見ていて』…そう言う事なのだろう…オレは暫く傍観する事にした。


「何?何?何か始めるの!?」


するとあやめちゃんまでが寄って来た。

まあ特に隠し立てする事では無いから問題ないだろう…


スゥーっとフィギュアに群がる精霊たち。

フラフラと漂いまるでどうしようか迷っているかのようである。

やがてその中の一体がロボのフィギュアの中に吸い込まれる様に消えた。

そしてそのロボは一旦身体を前かがみにしたかと思うと一気にのけ反り…


「…フッ…フォオオオオオオンンン…!!」


機械音の甲高い雄たけびを上げた。

ビリビリと震える大気。


「コノ身体ハ不思議デスネ、ちゃいむノ物トハ全く違ウ…」


両腕を顔の高さまで持ち上げ自分の身体を嘗め回す様に見る彼。


「ああ、それはそうだろう…

チャイムは生身と言うか生き物で、君はロボットと言って人工的に作り出されたものだからな…

そしてそのロボの名は『イエポン』だ」


「『いえぽん』…」


彼は噛みしめる様にその名を呟く。


『イエポン』とは…

昔、大人気を博した『建設巨人イエポン』と言うアニメの主役ロボットだ。

時代を感じさせる直線を組み合わせた武骨なフォルム…

全身イエローのボディーカラーにブラックのラインが建設機械を連想させる。


それなりに古いアニメだが、最近食玩のプラモデルで復活を果たしている。

当時発売されていた物と違ってスタイリッシュな造形になっている。

おっと…話が脱線したな…

そのイエポンが様々なポーズを取り出した。

新しく自分の物になった身体の感覚を掴むためだろうか。


「おれ…コノ身体気ニ入リマシタ…アリガトウデス」


「…そうか、それは良かったな」


ペコリとお辞儀をする建設巨人…とは言っても今の全高は30cm程だが…




お次はチャイムに似た造形の妖精フィギュア。

それもその筈、この娘はチャイムのお友達と言う設定のキャラクターだからだ。

こちらはチャイムと違いデニムベストにホットパンツの活動的なファッション。

鼈甲べっこうの様な黄色がかった半透明の羽根が美しい。

名前を『リーリス』と言う。

リーリスのフィギュアにも光が一つ吸い込まれていく。


「…ふぁ~…これが身体と言う器…」


ぐいーんと腕を伸ばしのけ反る彼女。


「リーリスちゃん…」


しまった…余りの可愛さにまたしてもうっかり『ちゃん付け』で名前を口走ってしまった。

きっと今オレ…顔がにやけていると思う。

慌てて平静を装おうとしたその時…


「ふ~ん…つっ君ってこういうのが好きなんだ…へぇ~」


微妙に冷めた声のトーンのあやめちゃん。

やめてくれ…そんなジト目で見つめるのは…オレに効く…。


「そっか…私はリーリスって言うんだね、憶えたよ

これから宜しくね九十九君」


「おう…よろしくな!」


オレの目の前に浮遊し微笑むリーリス。




今度はヒーローのフィギュアだ。

かつて『仮面無頼ダー』と言う特撮ヒーロー番組があった。

40数年前に放映された番組だが今も毎年新シリーズが作られている人気シリーズである。

そして目の前にあるフィギュアは最新作『仮面無頼ダーゼロ』の主人公『無頼ダーゼロ』だ。

全身漆黒で昆虫を模した仮面とコスチューム、アーマーに身を包み

長めのエンジのマフラーで口元を覆っている。

背中にはクロスする様に刀が双振り装着されており

全身から受ける印象はまるで忍者だ。

例の如く光の球がフィギュアに入り込む。

直後、右腕を高らかに突き挙げ左腕を腰の辺りに構える。


「ニン!!拙者…義によって助太刀申す!!」


ビシィ!!とポーズを決める無頼ダーゼロ


「ああ…!!頼りにしてるぜ!!無頼ダーゼロ!!」


小さいヒーローの手を取る。

君も無頼ダーと握手だ。




「わぁ…何このコたち可愛い!!」


あやめちゃんが今までで一番の興味を示した。

それは『シルフィー』の五人のフィギュアだ。

皆フリルの沢山付いたカラフルなミニスカートの舞台衣装に身を包んでいる。

『シルフィー』とはアニメ『アイドルライフ!』に登場するアイドルたちで経営不振で倒産寸前の会社を救うためアイドル活動をする事になった新人社会人アイドルグループの事だ。

そのあまりにも必死な努力と行動力で遂には会社を黒字回復させてしまったストーリーは大人気になり社会現象にまでなった番組なのだ。


今度は五体のフィギュアに一斉に精霊が入り込む。

そして五人同時にそれぞれが動き出した。


「こんにちは~!!私はアイドルユニット『シルフィー』のセンター…紅茜くれないあかねで~す!!」


元気いっぱいの赤毛のセミロングの娘が手を振る。

この娘が主人公の茜ちゃんだ。


「おう!!あたいは蒼井葵あおいあおいってんだ!!よろしくな!!」


真っ青なポニーテールのボーイッシュな女の子。


「御機嫌よう…緑川翠みどりかわみどりですわ…以後お見知りおきを…」


優雅で落ち着いた佇まいの緑色の縦巻きロールのお嬢様。


「…むらさきゆかりよ…あまり馴れ馴れしくしないでね…宜しく」


きつい切れ長の瞳の気の強そうな紫のウエービーロングヘアの美人さん。


桃園ももぞのぴぃちなの~!!よろしくなの~!!」


底抜けに明るい超天然系のピンクツインテールの女の子が次々と挨拶をして来た。

これは華やかだ…あやめちゃんでなくても気分が高揚するぜ!!


「よっ…宜しく!!みんな可愛いですね!!」


「ありがと~!!」

「よせやい!!照れるだろ!?」

「もっと褒めてくださっても宜しくてよ?」

「…よく言われるわ…」

「ピーチはみんなの物だから…ごめんね~?」


アニメのキャラを忠実に再現している…?

精霊たちはアニメを知らない筈なのに…?

それを突っ込んだら野暮なのだろうな…きっと…


これで目ぼしいフィギュアには殆ど精霊の憑依は完了した。

ここまではオレの予想通りだが…


「なあチャイム…そろそろお前の目的を教えてくれないか?

お前がただ仲間を増やす為だけにオレにフィギュアを持って来させたんじゃないんだろう?」


「さすが九十九!!気付いていたんだね!!」


ニッコリ微笑むチャイム。


「九十九が色々試行錯誤しても目的を達成出来なかった…決められた枠の中で努力しても個人の能力だけでは限界があると僕は思うんだ…

それならば大勢で…尚且つその枠を取り払えばいいじゃないかってね…」


すぐそばにあやめちゃんが居るので少し遠回しな言い方にしてくれているがチャイムの言わんとしている事はオレにも何となく理解できる。


「そうか!!その発想は無かった…でも具体的にはどうするつもりだ?」


「まずは手始めにこの『精霊界』に都市を作ろうと思うんだ…言うなれば『精霊指定都市』さ…世界の変革はここからってね」


「『精霊指定都市』…」


駄洒落かよ…とも思ったが言い得て妙なネーミングだ。

チャイムがここまで考えていてくれたとは…

やっぱり協力者が…チャイムが居てくれて良かった…

これから少しづつ世界に変化を与えてみれば或いは…

オレは小さな協力者に心の中で感謝しつつ望みはまだ捨てないでいようと思った。

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