第2話 手頃な質(しち)
大統領府をカタブノ議長が非公式に訪ねた。次の週に、こんどは、投資銀行のヤブカ社長が訪問しました。金融セクターの重鎮を引き連れて、表向きは、表敬訪問と言うことでした。メディアのクルーも帯同していましたから、その場の和やかな雰囲気は、全国ネットのニュースでも報道され、共和国民の多くが知るところとなりました。
よもやま話もそこそこに、一団は大統領府を後にしました。本当は、ヤブカ社長だけが残り、大統領はスタッフ全員を別室に下がらせて、話し込んでいた。社長は、一昨年来、採用されている金融サービスPolitical Derivativeについて、政府が用立てた資金に、時間の紐が付いていることを、気に掛けていたのでした。いずれ、信用取引と同じことになる、それもそう遠くない将来に。その時になって、俺は、そんなことは聞いていないなどと、言わせないために、大統領に念を押しに来たのでした。
有効活用を名目に、国民資産を原資としているのですが、共和国の人口動態を考えると、早晩、取りくずさざるを得ない。それまでに、利益確定を逐次に行い、手じまいが済んでいれば、何の問題もありません。もし、かりに、政策の不都合で、資金回収が遅れた場合、何が起こるか。
大統領の政策遂行への信頼感醸成を目的に、金融サービスPolitical Derivativeの利用を、はじめた。そのかわり、予め見込んでおいた刻限までに、経済政策を軌道に乗せなければならなかった。さもないと、市場に振り向けておいた資金が、命金(いのちがね)に化けてしまう。すでに、マーケットに莫大な政府資金が投入されて、池の中のクジラになっている。政府にとっては僅かでも、換金売りを継続的に行えば、マーケットには相当な圧力となる。株価が下落基調になれば、差損が出ることを押して、換金せざるを得なくなる。
有効活用のはずが、蓋を開ければ、資金は毀損していて、埋め合わせの確実な目処など、立つはずもない。そうなった時に、取り繕うような言い訳を、国民は真に受けるだろうか。かつては、それが可能だったのは、共和国の民衆が大統領を信用していたからであった。結果として、信用が無くなりかけている、なお、執政を続けるには、有権者からの信用の目減り分を、追加の何かの質(しち)で、積み増ししなければならない。
ヤブカ社長は大統領に申し渡しました、手頃な質をうまく見付けて下さい、さもないと、抽斗の奥の方に、仕舞っておられるものを、使うことになりますよ、と。
【謹告】カブデトカシタンは架空の国で、カタブノ議長、ヤブカ社長は実在しません。
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