カブデトカシタン共和国調査報告
@uri_toge_ishi
第1話 机の抽斗
カブデトカシタン共和国の最大の都市は首都のマハタキで、第二の都市がチマニタです。チマニタには、立派な市民ホールがあります、同地出身の相場師イワノフ・エイノスキーがITバブルで巨万の富を得て、そのほんの一部を寄付することで、土地取得と建設費用が賄われました。
相場の難しさは、勝勢のうちに、相場から引退することだそうですが、それは、不幸なことに、的中しました。竣工を間近にして、いわゆるリーマン・ショックがあり、かの相場師は、全財産でもあがなえぬ、巨額の債務を蒙りました。世をはかなみ、尋常ならざる最後を遂げたため、寄贈者本人が、チマニタ市民ホールを目にすることはありませんでした。
同国では、ここ数年、経済停滞が続いていました。経済成長への有権者の期待を背に就任した現大統領は、自国株式のインデックスに注目して、その高下によって経済成長の成否を判断すると宣しました。金融緩和政策の宜しきを得て、株価は任期初年にほぼ倍増して、御同慶の至りでありました。
任期二年目のことです、新味に乏しい政策を、マーケットはネガティブに受け止め、株安に転じました。大統領は目先の株安が政策不発と受け取られることを懸念し、共和国内の投資銀行が開発した、Political Derivativeという金融サービスの利用を思いつきました。
国民資産の有効活用を名目に、それを原資として、投資銀行に命じ、株価が下方硬直的に推移するよう、ETFを買い入れさせました。政策が有効であれば、いずれ、経済成長は現実のものと成り、買い入れたETFには利が乗っているはずで、順次に、それを売却して利益確定してゆけば、めでたしめでたし。さはさりながら、これは別の見方をすれば、統治の急所を、相場で難平(ナンピン)をすることで、切り抜けるに等しい。
それは統治の則(のり)を越えている。議会(Congress)の長老、カタブノ議長が大統領府を非公式に訪問しました。大統領と、政治にまつわる諸事を、取り沙汰されたのですが、偶々、大統領が執務に使う机の抽斗が開いていました。なにものかを目にした、カタブノ議長は、大統領に、「そんなもの置くのは止めましょうよ、イワノフ・エイノスキーでもあるまいし。」と窘められました。それは、何であったか、マーケット情報が表示される有料端末(quote machine)か、あるいは、別種の決裁装置であったか、余人の知るところではない。
【謹告】カブデトカシタンは架空の国。同国にまつわる事物のすべてが虚構です。
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