明日のガルディアン

埴輪

プロローグ

「逃走」

 ――白く照りつける太陽。雲を忘れた蒼穹の下、荒野は果てもなく続いていた。

 乾いた空気を震わせながら、バイクが一台、車輪を回しに回し、走り抜けていく。その背後には、が肉薄していた。四つ足で、地面を蹴り、刻々と。

「くそっ、どうして止まらないんだっ!」

 シエルはアクセルグリップを強く握り締め、悪態をついた。何度振り返っても、銀色の獣……自動機械「オートマタ」は一向に止まる気配がない。見慣れたシルエット。偵察用であることは間違いない。――それなのに。

 偵察用オートマタの役割は、限られたエネルギーで可能な限りの広範囲を偵察し、情報を基地へと持ち帰ることにある。だが、偵察中に敵性オートマタや人間を発見した場合は、交戦することもあった。

 相手が敵性オートマタの場合は、互いが壊れるまで……また、エネルギーが尽きるまで殴り合うことになるだろう。相手が人間の場合は……丸腰なら格好の獲物だが、移動手段があればその限りではない。例えばを追いかけようものなら、志半こころざしなかばでエネルギー切れという醜態を晒すことになるだろう。――だが。

 シエルが岩場に潜んでいたオートマタに感知されてから、すでに一時間。さらなる問題が迫りつつあった。

 ――まず目に入ったのは、天を突く槍のような鉄塔。次いで、大きな岩山が……確か、「巨人の山」という名前。その奥にある窪地は、人工のダム。

 鉄塔の裾野すそのに建築物が広がり、それを取り囲む外壁も見えるようになった。シエルはいつも、この堅牢な外壁によって「町」を実感する。

 町の名は「ビブリオ」。シエルはこの町を目指し、荒野を越えてきたのである。……招かれざる客を連れて。

 シエルは進路の変更も考えたが、実行には移さなかった。偵察用オートマタならすぐに停止するだろうと思ってのことだったが……当てが外れた。

 本来なら、町へと直行することが最善の策である。町には「ガルディアン」がいる。オートマタを駆逐するための力が。だが、今のビブリオには……。

 それでも、シエルはアクセルを緩めることができなかった。オートマタに捕まったら、その先に待っているのは確実な死。ただ、それだけだ。

 ――キラッ。ゴーグル越しに、シエルは光を捉えた。ドン! 空気が震える。何だと思う間もなく、前方から「何か」が迫って――速い! ハンドルを切る。それは頭上を掠め、背中が強く押された。バイクも浮き上がる。鼓膜をつんざくような爆音。シエルはハンドルから離れた手を鞄に伸ばし、強く抱き締める。激しい衝撃。摩擦。熱。ぐるぐる、ぐるぐると、暗闇が、回り、途切れた。


 ――荒野を滑る二対のタイヤが、オートマタの残骸の前で止まった。仰向けに転がる残骸は人の形をしていた。頭部は完全に破壊され、黒煙が立ち上っている。

 タイヤが持ち上がり、太い金属の両足が大地を踏み締める……それは、巨人の足であった。オートマタのすらりとした体躯とは対照的な、ずんぐりむっくりな体型。似ているのは、銀色の光沢のみ。半球状の頭部には、赤いレンズが覗いていた。

 巨人のレンズはオートマタの残骸から、横倒しになったバイク……投げ出された人影へと向けられた。どしん、どしん、と地面を踏み鳴らし、近づいていく。

 ――倒れているのは青年だった。ヘルメットの隙間から、束ねられた青黒い髪が垂れている。作業服に安全靴。長身の体が、まるで胎児のように丸まってる。

 巨人の頭部……半球が持ち上がり、少女が顔を覗かせた。長髪が風になびき、黄金色に輝いている。小麦色の肌。紺碧の瞳が、じっと青年を見下ろしていた。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る