2-13


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 ルシの右手には、黄緑色の紐が握られていた。

「……まさか、首吊ってたの?」

 ルシは頷いた。個室の造りからして、荷物掛け用のフックを使ったに違いない。

「なんで……」

 ツバサの言った、『ダメ、今回だけはルシでも無理かも』『できれば』という二つの言葉が脳中に去来する。つまりツバサはそう言ったときに、もう死ぬつもりだったのだ。自分で自分を殺すつもりだったのだ。そしてそれらの二つこそが、ぼくの心に引っかかっていたものだったのだ。──でも、ルシの言っていた欠伸というのは、果たしてなんだったんだろうか?

 見ると、便器の足元に、見慣れたハルシオンの空き袋が散らばっていた。知らない薬の空シート三枚とツバサの持っていたエビアンのペットボトルも見える。そういうことか、とぼくは思った。──ふと、さっきルシが殴ったらしき壁のひび割れが視界に入る。

「ごめんルシ、ぼくがあのまま付いてれば……」

「違う、おれの責任だ」ルシはツバサを床に寝かせると、泰然たいぜんとした動作で心臓マッサージを開始した。「お前のあの予感がなければ、おれは自殺の可能性を考えなかった。だからお前はいいことはしても、悪いことはなんにもしてねえ」

 ルシはしばらくの間淡々と心臓マッサージを続けていたけれど、ぼくが落ちていた黄緑色の紐を拾ったのを機にふっと手を止め、無音の長いため息をついた。それから手のひらの側面でツバサのまぶたをそっと閉じ、その小さな身体を抱いて立ち上がった。皮肉にもその抱き方は、ツバサがいつかルシにしてほしいと言っていた、お姫さま抱っこだった。

 その後ぼくたちは、ツバサを囲むようにしながら、無言のままにトイレを出た。途中入り口近くの男性用便器で用を足していた見知らぬ男が、目を剥いてこっちを見ていたけれど、太一がいつもからは想像できない鋭すぎる眼光で睨みつけると、すぐにさっと顔を伏せ、二度とこちらを向こうとはしなかった。

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