2-11
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「ツバサ、どうだって?」
後部座席に乗り込んだぼくにミクが訊ねる。ツバサとぼく以外はもうみんな戻ってきていた。
ドアを閉めながらぼく。「普通にトイレ。もう少しかかるみたい」
「そう」
車の外で電話をしているルシの姿が見えた。「ルシは、またテラさんと電話?」
「みたい。あと亜門さんと、多分謎のKさんとも」
「すごい人気だねえ」
(ツバサくん、うんこっすか)だしぬけにこちらをばっと振り返り、助手席のシートを抱きしめるようにして手話で太一。
「みたいだね」とぼく。ンエ〜、といつもと違う声で太一が言った。しかも頭には、ヘッドバンドタイプのマイクセットを補聴器に重ねて装着している。
「っと、その変な声は、何?」
「ヘリウムガスなんだってさー」と太一の代わりにミクが答える。「ほんっとくっだらないんだから」
「ンエ〜」
よく見ると、太一は片手に何か握りしめていた。ヘリウムガスの入ったスプレー缶だ。
「売店で買ったの?」とぼく。
「ンエ〜」と太一。(ダッシュボードの中にあったっす)
なんでそんなもんが車にあるわけ、とぼくが言おうとしたとき、電話を終えたルシが運転席に乗り込んで来た。ルシは太一の手元を見て一瞬大きく目を見開いたけれど、何も言わずにツバサのことを訊ねてきた。
「ツバサはどうした」
「ん、まだトイレ」
「様子はどうだ」
「平気みたい。なんか深呼吸ばっかしてたけど」
「深呼吸?」
「うん」
軽く言ったつもりが、途端に胸がざわつき始める。何かが心の中で引っかかっていることに思い至った。ニイロッとカオナシの真似を繰り返し始めた太一とウザそうに顔をしかめているミクとを漠然と眺めながら、ざわつきの正体を見極めようとし始めた、そのときだった。珍しく焦ったようにドアを開けながらルシが言った。
「太一、コウヘイ、一緒に来てくれ」
「え、なんで──」「ンエッ?!」
「頼む、ちょっと急ぎだ!」
ぼくは混乱しながらも車から降りると、二人と共にトイレまで走った。ルシはぼくにツバサのいる場所を訊くと、個室のドアを何度も叩きつける──「ツバサ! おいツバサ!」
「ねえ、一体どうしたんだよ」ほとんど恐怖を抱きつつぼくは言った。
「ツバサが、死んでるかもしれねえ」ためらうようにルシが答える。
「……どうして?」
「お前が言ってたのは深呼吸じゃなくて、多分欠伸だ」
「何それ、意味がわからないよ──」
「太一、馬だ!」
ルシは脛を持って屈んだ太一の背中にたっと片足を付くと、個室の上部に手をかけて、重力を感じさせない身軽さでひゅっと中に入った。すぐに『クソがっ!』というルシの怒鳴り声と壁を殴る音が聞こえてきて、ルシの予想が当たっていたことが同時にわかった。まもなくして鍵が外された個室から出てきたルシの黒い左肩には、腹から身体を二つに折った、力なきツバサが担がれていた。
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