第2話 悟られてはいけない恋

夫の残してくれた自宅兼花屋は、幸い私と、夫の母の女二人が食べていくくらいのお金を稼ぐことはできた。

私が13歳の時、両親の古い友人で夫の父であるグレカム氏に気に入られ、そのまま花屋の跡取りのグレカム氏の息子と私は結婚したのだった。

グレカム氏は、南の国と貿易行も営んでいた為、家には使用人も3人いて食べるのに不自由がないどころか今までより上等な暮らしが出来た。

見たこともない花の話や、動物の話をしてくれるグレカム氏のことも実の両親と同じくらい好きだった。

しかし、その後の戦争と流行り病で私の家族もグレカム氏もこの世から去ってしまった。

そして、数年して夫まで事故で亡くしてしまったのだ。


女二人での生活というものは不安だったけれど夫の人柄や、子供を育て上げる前に家族も夫も亡くした不幸な生い立ちに同情されたこともあり、私も義母も街の人に助けられなんとか食べることに困らずに生活できている。


お年寄りの人なんて「あの若さなら再婚してさっさと贅沢もできるのに夫の母を看るために家に残るなんてたいした娘だ」なんてほめてくれる場合もあった。

私はただ、花が嫌いでもないし、夫の母も悪い人ではないから惰性でここにいるだけなのに…と少し胸が痛んだ。


夫は優しくて嫌いではなかった。好意もあったし尊敬の念もあった。

でも、時々噂で聞こえてくる詩や演劇のような「恋愛」という感じではなかったし、恋愛なんて貴族のすることで私には縁のない感情だとも思っていた。

憧れていなかったわけではない。

私は、年老いた夫の母と一緒にこの優しい街の中で死んでいくだけの余暇のような人生なしか残されていないものと諦めていた。


そう、植木鉢頭の彼に出会うまでは。


彼と出会った日の翌朝は、いつもより早く目が覚めた。

恋をすると胸が躍るように鳴るという噂は本当だったのねと誰かに話したくなるような気持ちだった。


昨日言葉を交わした彼は、昨日と変わらない場所にいた。

良き隣人おとなりさんたちは、基本的に蜜を集める働き蜂みたいに愉快そうによく動き回っていることが多い。


少なくとも、私が小さなころから良く見ていた彼らおとなりさんのほとんどはそうだった。

植木鉢頭の彼は、そんな隣人おとなりさんたちとは違っていた。

どちらかというと泣き女バンシーのような、陰気で絶望と死の香りに満ちた空気を身にまとっている。


何がこんなに彼を深く悲しませているのか、私には見当もつかない。

ただ、彼ともう一度言葉を交わせることがうれしくて私の顔はついほころんでしまうのだった。


「こんにちは。また来てくれたのね」


「来たというか、ずっとここにいたんだ。行く場所が…私にはどこにもなくて…」


植木鉢頭の彼は、冷たい井戸の底に一人ぼっちでいるかのようなとても寂しそうな声で、そんな言葉を搾り出すように出した。


恋心を悟られてしまったら、彼がどこかへ行ってしまうかもしれない。

自分が絶望に沈んでいることを悟っているにも関わらず己の恋愛のことしか考えられない女だと知られたら、幻滅されたしまうかもしれない。

そもそも人間とそうではない存在ものだ。この恋愛はかなうはずもない。

ならば、最初からこの愛しいおとなりさんに想いを伝えるよりも、長く一緒にいるほうがいいんじゃないか…そんなことを考えた。


私は、恋心も彼の絶望を察していることも悟られないように、無邪気なもの知らずな人間の小娘を装ってこう答えた。


「行く場所がないのなら、あなたの植木鉢に素敵なお花が咲くまでずっとここにいればいいわ。私、妖精さんとお話しすることが夢だったの」


「君は私のこの醜い姿が恐ろしくないのか?おぞましいと思わないのか?」


「どうしてそんなことを聞くの?あなたのその姿がとても素敵だったから声をかけたのよ」


これからも、彼がそばにいてくれるなら、どんな嘘をつくことになっても、彼の前では無邪気で物知らずな小娘を演じ続けようと思っていた。


でも、「あなたのその姿がとても素敵だったから声をかけた」と言ったのは本音だ。

彼がもし美しい王子様みたいな見た目だったら私は声をかけなかっただろう。

自分でもわけがわからないけれど、夕焼けに照らされた彼のアンバランスなその姿が私にはとても美しく思えた。それは本当のことだった。

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