第2話 二人の仲間

「いったいなぁ、なにも殴ることなくてもいいのに」


 頭に浮かんできたたんこぶをとんがり帽子の上からさすりローブの裾を引きずりながらファラは冒険者ギルドからの帰り道を歩く。


「さすがに今日も儲けが少ないのは辛いなぁ」


 ため息をつきながらとぼとぼと歩く姿を見ればその可憐で儚げな姿に振り返るものはいても冒険者だと看破できるのはファラの知り合いを除いて皆無と言えるだろう。


「なんかまたバカにされるだろうなぁ」


 リングと台座だけになった指輪をみながらため息を漏らす。

 エスケープリングと呼ばれる迷宮に潜る初心者冒険者には必須のアイテムである。瀕死の重傷や魔力が切れても使用することができるものであり地上のことを考えながらながら起動キーワードである『エスケープ』と唱えると冒険者ギルドまで戻ることができるという優れ物である。ただしそれなりに対価が必要である。使い捨てのアイテムの上に一つ小銅貨三枚である。これはゴブリンを三体倒せば手に入る魔石の値段であるために初心者は大体が元がとれるシステムである。

 そう、例えばゴブリンを倒しても魔石を撮る前にエスケープリングを使うという冒険者でない限りは。


 自身がバカにされることを考えながら重い足取りで向かうのはファラが泊まっている宿屋である。そこそこに清潔であり朝と夕方の食事がつき尚且つ料金が目を見張るほどに安い銅貨二枚。まあ、それには理由があるのだがファラにとっては安いということが一番重要である。


 カランカラン


 扉を押すと取り付けてある鈴が鳴り来客を知らせる軽快な音がなる。それを聞きつけたかのようにパタパタという音が聞こえる。


「へいらっしゃい! 宿屋『安らぎの棺』へようこそ! ってファラ坊かよ」


 にこやかな営業スマイルから一転してやる気のなさそうな顔へと変わった人物を見てファラは苦笑する。


「モットーさん、人見て態度変えるのやめない? お客こなくなるよ?」

「いいかファラ坊よ、昔の偉人はこう言った。『金の切れ目が縁の切れ目』ってな。だからこそ俺は金のあるやつにはいくらでも媚びへつらうぜ?」


 言ってることが最悪のダメ人間であるこの人物こそがファラの泊まる宿屋『安らぎの棺』の店主モットー・カネホシーである。

 彼のかけるエプロンには『金もねぇ! 髪もねぇ! 今気づいたが嫁もいねぇ⁉︎』という彼の人物像がわかるような言葉が刻まれている。


「みんな帰ってる?」

「おう、お前さんの仲間ならもう帰ってきてるぜ?」

「儲けてそうだった?」

「どうだろうな。今のお前さんと同じで泥だらけだったが儲けてるかはわからねえな」

「ふーん」


 ファラとの会話に興味がなくなったのか厨房の方へとモットーは向かっていく。


「モットーさん、今日の晩御飯なに?」

「今日の晩飯はな、二日間煮込んだ鳥の……」

「おお!」


 手間暇かけた料理の予感にファラの目が輝き知らずに口元に涎が光る。


「スープは俺の食事に使うから煮込んでもはや原型のなくなった鳥?(笑)の炒め物だ」

「なんでさ! 僕もスープの方がいいし!」


 ファラが抗議をするように受付カウンターをバシバシと叩くがモットーはどこ吹く風である。


「異議申し立てをするなら儲けを手に入れてきっちりと宿代を払ってからにしてくれよルーキー」

「むむむ!」


 完全にこちらをとり合わなくなったモットーを睨みつけながらもファラは杖を手にし自分の借りていた部屋へと向かう。歩くたびにキィキィと年季の入った階段を登りところどころ廊下に置かれたバケツを避けながら歩く。


「はぁ」


 自分の部屋の前までくると自然と大きなため息をついた。部屋の中からはバタバタと何かが暴れるような音と甲高いさけび声が聞こえてくる。


「はぁ」


 再び大きなため息をつきファラは仕方なくといった様子で扉を開ける。


「なんで! わたしが! 役立たずの汚名を着せられなきゃいけないのよ!」


 ヒステリックな声を上げながらクッションに抜手を放つ女性がいた。青いローブに身を包み短く切り揃えられた金の髪を振り乱しながら紅い瞳を爛々と輝かせながらクッションを残骸へと変えていく。


「我の力をきちんと理解せぬとはあやつらは神の審判によって裁かれるだろう」


 対して椅子から聞こえてくる方へと視線を向ければ腕を組み目を閉じている黒髪の男の姿が見えた。左目は眼帯で覆われており雰囲気だけは落ち着いているように見えたが着ているローブが虹色というなんとも落ち着気の無いというか全てを台無しにする要素であった。


「ただいま」


 そんな混沌とした場にファラが声をかける。


「あら、ファラおかえりなさい」

「うむ、勤め大儀であった」


 金の髪の少女は額の汗をぬぐいながら晴れやかな表情を浮かべながら、クロの髪の少年は眼帯で閉じられていない方の瞳を開き挨拶を返した。


「サブリナにネイト、二人とも迷宮はどうだったの?」


 金の髪の少女サブリナのヒステリックな様子を見ればなんとなくわかっていたファラであったが落ち着いている様子を見せる黒髪の少年ネイトはわからなかったので尋ねたようだ。


「あ〜 それはね」

「うむ」


 ファラが尋ねた瞬間に二人は視線をあちらこちらに向け明らかな挙動不審になっていた。


「どうしたのさ」

「「ファラ!」」

「は、はい?」


 突然二人が息を合わせたようにして大きな声を出したため驚きながらファラは返事をした。そんなファラの両肩をサブリナとネイトはガシっと音が鳴るように掴むと引きずり部屋の扉に向かい歩き出した。


「な、なんなのさ!」

「「飲みに行く」」


 拉致されるようにファラはサブリナとネイトに引きずられていくのであった。

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