好きで、嫌い
城之崎灰流
第1話
ウエイトレスに頼んだ、コーヒーが届いてどのくらい経っただろうか。
喫茶店の一角、向かい合って座る彼女の視線は窓の外を向いていた。
煙草に火をつけて彼女の視線と逆側を向いて煙を吐く。コーヒーは最初に一口飲んでから手を付けてない。
おそらくは、もうとっくに覚めて冷たくなってしまっただろう。
「私たち付き合って何年経つっけ」
「三年ちょっとかな」
「そっか」
彼女の視線は動かない。まるで窓の向こう側に何か大切なものがあるかのように。
飲み物を飲まないで煙草を吸い続けているせいか、のどの奥がひりひりと痛む。
「三年かぁ。長かった、……のかな?」
どうなんだろう、長かったんだろうか。短かったような気もするし、やっぱり長かったような気もする。
「長かったのかもね。うん、長かった。でも短かったような気もする、というよりは早かった気がするなのかな」
深く煙を吸い込んで、向こうにもわかるように大きく吐き出した。
正面を向くと、彼女も正面に向き直った。
少しだけ沈黙の時間が流れた。先に沈黙を破ったのは彼女だった。
「別れよっか」
それは、すでに今日会おうというメールの最後に書かれていた言葉だった。
心の準備はしてきた。つもりだった。
煙草の箱に手を伸ばして、新しい一本に火をつけようとして止めた。
彼女の目をしっかりと見据える。
「そうか、わかった。うん、別れよっか」
「いいの?」
「どうなんだろう?」
肩をすくめて、視線を少しだけ逸らす。
「そっか……、そっか」
彼女はまた少しだけ窓の外に視線を逸らした。二人で見る窓の外は灰色の町にとうとう小雨が降り始めていた。
「それじゃぁ、私はそろそろ行くね。今までありがとう、これからもいい友達でいましょう」
そういって伝票に手を伸ばす彼女の手を、ゆっくりと止めてゆっくりと首を振った。
「ここは払うよ」
「……そう、ありがとう」
彼女はそう言って、静かにほほ笑んだ。
「私は、あなたのそういうところが好きで、あなたのそういうところが嫌いだったわ」
初めて言われた言葉に、少しだけ心が波だった。それは、小さく響いて、ストンと心に落ちて。
「俺も、お前のそういうところが好きで、そういうところが嫌いだったよ」
小さな笑みを返して、席を立った彼女を見送る。
「それじゃぁ、またね」
「それじゃぁ、さよなら」
席の一つ空いたテーブルに、カップが二つ。
一口飲んだコーヒーは、すっかり冷たく苦い味がした。
好きで、嫌い 城之崎灰流 @akeru
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