第99話

  五

 どたどたと足音を響かせ、公卿の一人があたふたと御所の廊下を走りながら喚いている。

「城じゃ! 浮かぶ城が彌環びわ湖を渡って、御所の近くへと攻め寄せてきおった!」

「なんと! それは、もしかして……」

「左様、左様! 上総ノ介めの破槌城よ! 麻呂は以前、上総ノ介の招きで破槌に遊んだことがあったが、その時に見た破槌城が、帆柱を立て、船となって寄せてきたのでおじゃる」

 公卿たちは一団となって藤原義明の周りに集まった。全員の顔色は、塗りたくった白粉より白くなっていた。

 義明は大声を上げた。

「落ち着けと言うに、判らんのか? いま、手は打っておるわい。いずれ〈御門〉さまが首尾よく解決してくれるゆえ、静まりかえるのが肝要じゃぞ」

「そ、そんなこと……〈御門〉がなぜ、乗り出してくると言えるのじゃ?」

 義明は、ふっと躊躇った。

 時姫の息子、時太郎を捕えるよう検非違使を動かしたことはまだ、誰にも喋ってはいない。〈御門〉の求める信太一族が隠しているという〈鍵〉が手に入れば、〈御門〉は御所のことに目を向けてくれるのではないか、という期待である。

 公卿たちは必死な視線を向けてくる。御所がこれほどの武力と直面するような事態は、かつてなかった。そのため、皆どうしていいか分からないのだ。

「義明殿、お手数であるが、お手前が〈御門〉に奏上してもらえないかの?」

 驚きに義明は仰け反った。

「麻呂に?」

「そうじゃ、そうじゃ! 今は非常事態であるからの。こういう場合は、関白殿のお越しを願うしかないと思うぞ」

 公卿たちの圧迫に、つい義明は、頷いてしまった。押し切られた格好だ。

「わ、判った……麻呂が奏上いたそう……」

 たじたじとなった義明は、それでも精一杯の威厳を保ってくるりと一同に背を向け、大極殿の方向へ足を向ける。その背中に一人が声を掛けた。

「お頼み申し上げるぞ、関白殿!」

 こんな時だけ関白殿と呼びかける公卿たちに、義明は内心ぺっぺと舌打ちしたい気持ちだった。

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