第86話

「現地人ではありませんか!」

 松田大尉は憤然となった。頬が薄紅色にほんのり染まっている。

「そうさ。おれは、あんたらが言う〝現地人〟ってやつさ。しかし大抵の事情は、そこの吉村って旦那から聞いているがね。あんたら、星の世界からはるばる空を飛ぶ船に乗ってやってきたってことだな?」

 木戸甚左衛門は帯に指を掛け、反り返るような姿勢になって松田大尉に話しかけた。甚左衛門の雄弁に、大尉は呆気に取られた表情になる。

「そんなことまで……」

 大尉はきっとなって吉村中佐を睨みつけた。

「中佐殿、これは規律違反です! わたしたちの正体を現地人に明かすことは、禁じられているはず」

 中佐は肩を竦めた。

「それは知っている。が、特別規定があるのは知らないわけではないだろう。特別規定によれば、現地採用の局員を先任の将校は招集できることになっている。わたしは木戸甚左衛門を、現地採用したのだ」

 大尉は黙ってしまった。しかし疑いの目は甚左衛門に向けられたままである。甚左衛門は、そんな松田大尉の様子を面白がっているようだった。

「まあ、そうつんけんするなって、おれの話を聞けば、あんただって、そう尖がってばかりもいられなくなるぜ」

「どういうことかしら?」

「おれの主人の緒方上総ノ介のところに、ちょくちょく妙な南蛮人が訪ねてくるんだが、どうやらその南蛮人、緒方上総ノ介に色々と妙な入れ知恵とか、武器を与えているようだ。どうだい、こういう情報は興味あるんじゃないのか?」

「南蛮人ですって?」

 大尉の目が見開かれた。それを見て、甚左衛門の目じりに笑い皺が刻まれた。大尉は中佐を見た。中佐は頷いた。

「そうなのだ。甚左衛門の話を聞いて、わたしはその南蛮人がもしかしたら、干渉の原因ではないかと思っているのだ」

「でも、どうして? その人物の目的はなんです?」

「それが判らん!」

 中佐は机の表面を、ばしりと叩いた。

「君が持ってきた分析によると、その人物の干渉によりこの惑星の地方豪族たちの間に活発な活動が見られ、本来の発達段階を跳び越え、この惑星は地球の戦国時代の様相を現している。そんな工作をして、いったい、何の得があるのか……」

 大尉は立ち上がった。

「すぐ逮捕すべきです! その人物の身柄を確保し、再発見された殖民惑星の正常な発達を阻害したという罪で拘禁しましょう」

「それが簡単にいかんのだ。君も知ってる通り、逮捕状を取るには、この惑星の政治状況の変化と、当人の活動に因果関係を立証する必要がある。それには途方もなく時間がかかるよ。それまでこの惑星の政治状況が待ってくれるかどうか」

 甚左衛門が割り込む。

「そこで、おれの出番、ってわけだ。おれはさっきも言ったとおり〝現地人〟だ。あんたらが掟に縛られ動けなくとも、おれなら自由に動ける。おれがあんたらに代わって、その南蛮人のことを探っても良いんだぜ」

 大尉は目を細めた。

「それで、甚左衛門さん。あなた、引き換えに何を要求なさるつもりなの? 無料奉仕ボランティアはあなたの柄ではなさそうね」

 甚左衛門は真顔になった。

「そう、おれは、あんたらにある報酬を望んでいる。おれは最初、緒方上総ノ介の配下の木本藤四郎についたころ、一国一城の国主になれればいいと思っていた。やがておれの望みは大きくなった。緒方上総ノ介は天下を狙っている。おれだって狙ってもいいはずだ、とね」

 松田大尉は叫んだ。

「あなた、まさか?」

 甚左衛門は手を振った。

「いいや、今のおれは、さらさら天下など眼中にない。おれの望みはもっと大きくなった。おれは、この世界を出たい! あんたらの船に乗って、星の世界へ行って見たいんだ」

 大尉は意外な言葉に、口をあんぐりと開けて甚左衛門の顔を見つめた。

 甚左衛門は頷き、繰り返す。

「そうさ。おれは、あんたらの世界が見たいんだ! 頼む! おれを、あんたらの飛ぶ船に乗せてくれ!」

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