第85話

  二

 二階の様子は一階とがらりと趣きを変え、簡素であり、実用的である。

 二間四方ほどの部屋に、どっしりとした紫檀マホガニー仕事机デスクが置かれ、その向こうに一人の南蛮人の男が座っている。

 年齢はよく判らない。

 ひどく年老いているようであり、あるいは若者の域を脱したばかりの年頃に見える。

 がっしりとした肩幅、四角い顔。あるかないか判らないほどの細い眉をしている。

 その目は多くのものを見、また多くの秘密を抱えているようである。

 階段を登ってくる荒々しい足音に、男は微かに顔を上げた。聞こえる足音には怒りが籠められている。

 部屋の扉が開かれ、先ほどの南蛮人の女が姿を表した。

 かつかつと革靴ブーツヒールの音を響かせ、女は男の仕事机の前に立ち止まり、直立した。

 さっと右手を挙げ、挙手の礼をする。

銀河帝国ギャラクティック・エンパイア監察宇宙軍サーヴェィ・サービス惑星開発局解析課所属、松田玲子大尉であります! 本日、当該惑星への任官を命ぜられ、出頭いたしました!」

 男は軽く手を挙げ、答礼を返した。

「わたしが駐在先任の吉村啓介中佐である。楽にしたまえ」

 直立した松田玲子大尉と名乗った女は軽く足を開き、両手を後ろに回した。

 吉村啓介中佐と名乗った男は、そんな松田大尉の様子に苦笑した。

「楽にしたまえ、と言ったんだ。まあ、そこの椅子にかけなさい」

 吉村中佐に促され、松田大尉は素直に従う。しかし椅子のぎりぎりに腰を降ろし、両足をきちんと揃えるところは几帳面な性格が出ている。

 中佐は両肘を机の上につけ、両手を顎のところで組み合わせ口を開く。

「君がわざわざ、ここまで派遣されたということは、解析課の結論が出たと判断していいのだな? わたしの報告はどう評価されたんだね?」

 大尉は顔を上げた。

「その前に、この変装を解いてもよろしいですか?」

 中佐が頷くと、大尉は頭の後ろに手をやり、ばさりと金髪の鬘をむしりとった。金髪の下からは短い黒髪が現れる。

 顔を俯け、指先で目の装着色瞳カラー・コンタクトを取ると、黒い瞳が剥き出しになった。大尉は目を瞬かせ、ちょっと滲んだ涙を拭った。

「なんでこのような変装をしなくてはならないんです?」

「我々はこの惑星では南蛮人ということになっているからな。一応、ここの現地人の常識に従うことになっている。まあ、我慢してくれ。それより報告を聞きたい」

 松田大尉は頷き、口を開いた。

「結論は明確です。明らかに、この惑星には外部からの干渉が認められます。この惑星の本来の発達以外に、外部からの干渉により、この惑星の政治状況は加速されております! ここに心理歴史学サイコ・ヒストリー部からの計算結果がまとめられております」

 大尉は衣服の隠しから一本の記憶薄片メモリー・チップを取り出し、机の表面に置いた。

 中佐は、さも忌まわしいものを見るように記憶薄片を睨みつけると、溜息をついて取り上げ、手元の窪みにそれを嵌めこむ。

 引き出しを開くと、そこにはずらりと小さな把桿スイッチが並んでいた。中佐はその一つを弾くように倒す。

 と、背後の壁が輝き、そこに窓が開くと画面ディスプレーが現れる。画面には様々な図表と、細かな書き込みの計算式があった。

 中佐は立ち上がり、食い入るように画面を見つめた。

「成る程……。わたしの直感の正しさが証明されたということだな。明らかな干渉が認められる。この図表の曲線は、本来この惑星は十四世紀ほどの政治状況にあるはずなのだが、今の状況は十六世紀後半のそれになっている。加速されているのだ。しかし着任中に、このような事態に遭遇するとは、運が悪い!」

「いかがいたしますか? この干渉を排除する行動は?」

 大尉の質問に中佐は頭を振った。

「計画は慎重にする必要がある。この殖民星が再発見されたのは一世紀前だが、以来ずっと開発局の指導の下、影響を最小に留めるよう観察が続けられた。この惑星はそれほど特異なものなのだ。さらに言うと、干渉は確かに認められるが、すでにこの惑星の政治状況に組み込まれている。我々が新たな動きを行えば、それもまた新たな干渉を生む」

 大尉は眉を顰めた。

「何もしないのですか? このように明らかな干渉があるのに?」

「何もしない、というのではない。我々は軽々しく動けないのだ。すでに状況は流動的だ。うっかりした行動をすれば、ますます悪くなる事態が考えられる」

「しかしそれでは……」

「まあ、待ちなさい。何もしない、というのではない。手は打ってある」

 松田大尉は、きょとんとした表情になった。

「どういうことですか、それは?」

 こつこつ、と扉の向こうから合図ノックがあった。松田大尉と、中佐は同時に扉に眼をやる。

 中佐が頷き、口を開いた。

「どうやら、到着したようだ。どうぞ!」

 中佐の声に扉が開いて、一人の人物が姿を現した。

 革製の陣羽織、紺色の伊賀袴、派手な色合いの服装の男がそこに立っていた。男の頬には目立つ傷跡が走っている。その傷跡が歪み、男はにやりと笑った。

 中佐は大尉に向き直った。

「紹介しよう、緒方上総ノ介の配下、木戸甚左衛門殿だ」

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