第72話

  六

 ぐっと時太郎は、突き出された槍の穂先を握りしめた。はっ、と構えた狸が驚愕の表情になる。

 そのまま槍を時太郎は、ぐいっ、と手元に引き寄せた。

 おっとと、と狸は蹈鞴たたらを踏みかけて、辛うじて足を踏ん張る。時太郎が逆に押し返すと「わっ!」と叫んで仰け反ってしまう。時太郎は力任せに竹槍を奪い取った。

「野郎……」

 狸たちは怒りの形相になって、一斉に突進してきた。

 ぶーん、と音を立て、時太郎は奪い取った竹槍を振り回す。びしっ、びしっと狸たちの槍が、時太郎が振り回した竹槍の先で叩き落される。

「何をしているんだい! そんな小僧一人に、手間取りやがって……」

 おみつ御前が怒鳴る。

 時太郎はお花を振り返り、叫んだ。

「お花、いてこいっ!」

 その声に、お花は弾かれたように走り出した。

 たたた……、と時太郎は、おみつ御前に向かって走り出す。槍を前方に突き出している。ただし穂先は後方に前後逆に持っている。

 とん、と時太郎は竹槍を地面に突き立てた。

 ぐっ、と力を込めると、竹槍は弓のようにしなる。その反動で、時太郎の身体は宙に持ち上がった。

 おみつ御前は、ぽかんと目を見開いた。その顔に、時太郎の両足の踵がめり込む。

 ぐあっ、とおみつ御前の悲鳴が上がる。

「御前!」と五郎狸の叫び声。

 よろっ、とおみつ御前は一歩、蹈鞴を踏む。ぐらり、と上体が泳いだ。

 たっ、と時太郎は地面に降り立った。

「こいつ……」

 おみつ御前は顔を上げた。両目を一杯に見開き、歯を食い縛る。怒りに目が「らん」と光っている。

「うおおおっ!」と咆哮し、おみつ御前の右腕が振り上げられた。横殴りに時太郎の顔を狙ってくる。

 それをひょい、と頭を下げ、かわすと、時太郎はおみつ御前の懐に飛び込んだ。

 相手の上膊部を取り、足を飛ばして内股を狙う。ぐっと力まかせに踏ん張ると、どってんどうとばかりに、おみつ御前はひっくり返った。

「逃げるぞっ!」

 時太郎はお花に声を掛けた。お花は素早く頷く。二人は全速力で逃げ出した。

 と、五郎狸が落ちている竹槍を拾い、地面すれすれを狙って投げた。

 竹槍が時太郎の足に絡まった。そのまま「わっ!」と、うつ伏せに倒れこんでしまう。すぐ後ろを走っていたお花も時太郎の倒れた身体につまづき、ひっくり返った。

 倒れこんだ二人に狸たちが襲い掛かってくる。無数の狸にのしかかられ、時太郎は息もできない。

 たちまち地面に押しつけられ、身動きもできなくなった。

「ぬうう……」

 おみつ御前が、のしのしと近づいてきた。顔は地面に倒れたときついたのか、べったりと泥が付着している。頭の島田髷は崩れ、ざんばらになっていた。

「舐めやがって……。なんて小僧だい!」

 怒りに声が震えている。

「連れておいきっ! いいかい、絶対に逃がすんじゃないよっ!」

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