第66話

  六

 ぐう~っ、と腹の虫が鳴いている。

 空腹で目が回りそうだ。

 目の前に出されているのは、相も変わらず翔一の目には下手物げてもの料理の数々である。

 宴会場では、翔一と狸姫が、向かい合わせに朝食の席についていた。

 姫は百足や、蚯蚓、芋虫、蜥蜴、蛇などの見るも気色の悪い下手物料理を盛んにぱくつき、咀嚼している。どうやら狸というのは怖ろしいほどの健啖家であるようだ。

 姫は顔を上げ、翔一の顔を見つめ、鼻先に皺を寄せた。

「どうしたのです、翔一さま。あまり食が進まないようでございますね」

「はあ……」

 翔一は力なく返事をした。

 姫は立ち上がり、翔一の横に座った。

「そのように食が細いと、身体に毒でございますよ! さ、わたくしが食べさせてあげましょう。あーん、して御覧なさい」

 翔一はぶるぶるっ、と首を振って後じさりした。鼻先に狸姫が箸で掴んだ蝗の佃煮が、ぶらんと揺れている。

「け……結構でございます。わたくし、食欲がないのです!」

「翔一さま!」

 姫はぐっと目に力をいれ、翔一を睨んだ。

「あなたは、わたくしの婿になったのです! 婿殿は、嫁の言うことを聞くものです! よろしい、それなら、わたくしにも考えがあります。みなの者!」

 姫が叫ぶと、どやどやと足音を立て、狸たちが入ってくる。姫は狸たちに命令した。

「者供、翔一さまに何が何でも食事をさせるのです! さあ、翔一さまの手足を押さえなさい!」

 悲鳴を上げる間もあればこそ、翔一は一斉に飛び掛ってきた狸たちに無理やり手足を押さえ込まれてしまった。

 誰かが鼻の穴を押さえ、苦しさに翔一は、ぱかっと口を開いた。

 すかさず、即座に、口の中に、狸姫が箸で掴んだ蝗の佃煮が押し込まれる。

 必死に吐き出そうとするが、別の手が翔一の口を閉じさせ、むしゃむしゃと強制的に咀嚼させる。

 ごくん!

 とうとう翔一は、蝗の佃煮を飲み込んでしまった。

 眼鏡の奥の翔一の目が見開かれた。

 ぺろり、と舌先で嘴の周りに残った佃煮の汁を舐め取る。

「これは……」

 その顔を覗きこんだ狸姫が顔を綻ばせた。翔一の手足を押さえ込んだ狸たちの手が緩む。

 翔一は、起き上がった。

 目の前に並べられている料理の皿を見つめている。

 手が箸を取り、芋虫の油炒めを摘む。口の中に放り込み、咀嚼する。柔らかな芋虫の肉が、口の中で踊る。

「美味い……」

 ぽつり、と翔一は呟いた。

 姫は大きく頷いた。

「お口に合いましたか! よろしう御座いました!」

「うん」と頷いた翔一は、今度は自分から目の前の料理に箸を伸ばした。

 次から次へと口に放り込む。

 こんな美味な料理、ついぞ食べた記憶がなかったと思っていた。

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