第62話

  二

 ぽんぽこぽん!

 ぽこぽん! ぽん!

 御殿の狸たちは、腹鼓はらつづみを無心になって打っている。

 武器を突きつけられ、三人は狸御殿へと引き立てられていった。

 ぎいい──と、御殿の正門の扉が観音開きに開いた。

 内部は色彩の氾濫であった。

 柱は真っ赤、壁は鮮やかな檸檬黄色レモン・イエロー、天井は真っ青に塗られ、床は桃色の大理石でできている。

 さらにあちこちに、どこから調達したのか、掛け軸や屏風が所狭しと飾られている。描かれているのは、すべて狸を主人公としたものである。

 無数の狸がこの狸御殿を建設しているところを描いたもの、合戦だろうか、狸たちが思い思いに武器を取り、様々な妖怪たちと戦っているところなどが描かれていた。

 どの絵にも、必ず目立つ位置に巨大な体躯の狸が描かれている。どうやら同じ狸らしく、顔の模様が同じであった。

「また、同じような目に遭っちまったよ……」

 時太郎は苦々しげに呟いた。

 苦楽魔でも、同じような扱いを受けている。こういう体験は、繰り返す性質のものなのだろうか。二度あることは三度ある、とか……。

 お花は翔一に話しかけた。

「あんた、ここに狸がいるって、言わなかったわね」

 翔一は困惑した表情を見せた。

「わたくしは、苦楽魔の外に出た経験がないので、不案内でございます。ここに、このような狸御殿なるものがあるなど、ついぞ存じませんでした」

 すると、階段から一匹の狸が降りてきた。どうやら地位の高い狸と見え、三人を連れてきた狸は、さっと敬礼をする。

「そいつらは何者じゃ?」

 やってきた狸は年寄りらしく、毛皮に灰色の毛足が混じっている。声はしわがれ、軋るようであった。

「はっ! 苦楽魔の方向から我が狸御殿へと参った連中でございます。見ての通り、人間と河童の娘、それにからす天狗という、有り得ない組み合わせの三人連れで、胡乱うろんな奴ばらと見て、連行いたしました!」

 槍を持った狸は、きびきびと得意げに報告する。

 うむうむ、と年寄りの狸は頷いていた。じろり、と三人を眺め口を開いた。

「名前を聞かせて貰おうか……」

 ずい、と時太郎が前へ出た。

「おれは時太郎! ただし、河童の時太郎だ! 人間じゃないぞ」

 狸は「ほ!」と口を開いたが、何も言わなかった。お花は、にっこりと微笑んだ。

「あたし、お花です! よろしくね!」

 おずおずと翔一が答える。

「わたくし、見ての通りの烏天狗の翔一と申します。あの、これは、どういうお取り調べでございますか? わたしども、何も武器を突きつけられるような罪は、犯してはおりませんが」

 年寄りの狸は、さっと武器を構えた狸たちに合図した。

 その合図に、狸たちは手にした武器を引いて後ろに下がる。

「すまんかった。なにしろ我が狸御殿の姫さまがご婚礼を控えておって、みな神経を尖らせておるのじゃよ。ああ、わしは芝右衛門という、この狸御殿の家老である。城主の刑部ぎょうぶ狸さまのお留守を預かっておる最中でな、まあ、気を悪くせんで貰いたい」

 それを聞いて、お花は手を叩いて喜んだ。

「ご婚礼! 素敵! 相手は、どんな人……じゃないわね、狸なの?」

 芝右衛門と名乗った狸は、にこにこと相好を崩した。

「もちろん、ご立派な若御でな、隣国の狸穴まみあなより刑部狸さまが伴って、もうすぐ渡られる手筈になっておる。今夜、祝宴が執り行われる予定じゃよ」

 それを聞いて、お花は更に眼を輝かせた。

 時太郎の腕を掴んで掻き口説く。

「ねえ、祝宴だって! あたし、狸の祝宴って見てみたい! あんたも当然そうよね?」

 時太郎は「え?」と意外そうな表情になってお花を見つめた。お花はもう、夢中になっている。

 芝右衛門は賛成した。

「それがよい! 狸以外の生き物もこの祝宴に参じたとなれば、刑部さまも殊の外お喜びになられるじゃろう。是非、参加していって貰いたい! それにご馳走も出るしな……」

 ご馳走、という言葉に、翔一の目が、きらり、と否応なしに光った。熱心に時太郎に向かって話しかける。

「時太郎さん、わたくし、狸の祝宴には非常に興味がございます。後学のため、ここは芝右衛門さまのお誘いに乗ったほうが、断固よろしかろうと愚考いたします」

 とうとう時太郎は押し切られた格好になった。

「いいよ、もう……。その祝宴とやらに出ようじゃないか」

 うんうんと芝右衛門は笑顔になっていた。

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