第61話

狸御殿

 差し出された木の実や、水虎魚ピラニアなどの食料を見て、翔一は世にも情けなさそうな声を発した。

「あのう……たった、これだけでございますか?」

 お花は頷き、眉を上げた。

「そうよ、充分じゃないの?」

「はあ……」

 翔一は、溜息をつき、受け取った。生の水虎魚を見て肩を竦めると、懐から凸玻璃玉レンズを取り出す。日の光を集めて、枯れ草に火を点ける作業に着手する。

 暫くすると、枯れ草の真ん中からぼっ、と音を立て、炎が燃え上がった。翔一は枯れ枝を折って水虎魚に突き刺し、火に炙る。

 時太郎は、呆れて声を上げた。

「折角の美味い水虎魚を、焼くのか?」

「はい、生魚は毒でございますから」

「そうかあ? 魚は生で食ったほうが、遙かに美味いぞ!」

 時太郎は、すでに水虎魚に頭から齧りついている。お花も同様だ。

 翔一は焼きあがった水虎魚にかぶりついた。ほふほふと熱いところを口の中で転がし、それでも一心不乱になって食べている。

 木の実を眺め、ぱっと口の中に放り込んだ。ぼりぼりと音を立て噛み、飲み込むと、今日の食事は終わりである。

 河童は普通、一日一食でことたりる。

 苦楽魔くらまから離れて数日、翔一は時太郎とお花の旅になんとか従いてきたが、この一日一食の習慣ばかりは、一向に慣れない。

 京の都を目指しているが、いったい何時いつになったら到着するやら判らない。しかし、時太郎とお花は、まるで気にしていない。

 立ち上がる時太郎とお花を、恨めしげに翔一は見上げた。

 食事で中断した旅の再開である。

 歩き出した二人の後を、翔一はとぼとぼと従いていった。足取りは重く、肩をがっくりと落としている。

 腹がすいた……。

 苦楽魔にいたころは、朝、昼、晩の三食が習慣で、白い米を腹いっぱい食っていたのに、旅が始まってからは、一握りの木の実、水虎魚や電気鯰でんきなまずが精一杯である。

 さらには、二人が時折、芋虫や蜥蜴とかげ蚯蚓みみずの類を捕まえて、さも美味そうに食うのには耐えられない。

 最初、勧められたが、悪食あくじきは断固として辞退した。虫を食うなど、信じられない!

 三人は森の中を歩いていた。

 立ち並ぶ木々は鬱蒼とした照葉樹林で、獣道のような細い踏み分け道を辿っていく。苦楽魔の山を突っ切れば、やがて耶馬師炉やましろの国に入る見当だ。京の都は耶馬師炉国の領域にあるのだ。

 京の都は北に苦楽魔、東に威狛いこま、南を鬼州きしゅうの山に囲まれている。西側は彌環びわ湖に面していた。

 苦楽魔と威狛いこまは連なっており、今いる森を抜ければ、京の都はすぐ目の前のはずだ──が、翔一には、今少し自信がない。なにしろ苦楽魔を出るのは初めての体験だ。

 空を飛ぶことができたらなあ……。

 翔一は、大きな眼鏡の奥から、空を見上げた。

 大天狗さまから葉団扇を頂いたが、いまだに空を飛ぶことすら、ほんの少しでも浮くことすらできない。

 くう……腹の虫が鳴いて、翔一は思わず手で腹を撫でた。空腹で目が回りそうだ!

 きょときょとと落ち着きなく、翔一は辺りの森を眺めた。

 森は食べ物の宝庫……時太郎とお花の言葉である。事実、二人は食事時になると森に分け入り、様々な木の実を採ってくる。二人の目にはそれらの食糧がすぐに判別できるのだろうが、翔一には無理だ。

 あれは食えるのだろうか?

 目に入る木の実を見て翔一は口の中に唾を湧かせた。しかし、うっかり口に入れて腹を壊したらと思うと、なかなか、その気になれない。

 そんなことばかり考えていたので、翔一はすっかり周囲に気を配ることを怠っていた。

 どん、と翔一は時太郎の背中にぶつかった。

「あ、申し訳ありません! つい、うっかり……」

 慌てて顔を挙げ詫びを入れる翔一を、時太郎はまるっきり無視している。

 その目が鋭く辺りを見回していた。

 なにを気にしているのだろうと、翔一も立ち止まり、視線を周囲に動かす。

 いつの間にか両側が切り立った崖になっている。その真ん中を、細く道ができていた。

 こんなところで襲撃されたら防ぎようがない。それで時太郎は油断なく辺り一帯に気を配っているのだろう。

 道は先のほうで急角度に右に折れ曲がり、通路のようになっている。当然、先は見えない。

「どうしますか?」

 翔一は恐る恐る時太郎に話しかけた。

 時太郎は「うん」と頷いた。

「行くしかないだろうな。なんだか、いやな予感がするけど」

 お花も賛同する。

「そうね、あたしもそう思う」

 時太郎とお花は歩き出した。その後から翔一も従いていく。

 歩いていくうち、前方から妙な音が聞こえてくる。

 なんだろう、あの音は?

 ひょい、と顔を上げると時太郎と目が合った。

「なんでしょう、前方から聞こえてくる音は……?」

「太鼓を叩いているみたいね」

 お花が感想を口にした。

 翔一はぽん、と手を打った。

「そうです! これは太鼓の音でございます!」

 ぽんぽこぽん……。太鼓の音は、そんな響きをしていた。

 角を曲がった三人は「あっ」と立ち止まった。崖の両側を塞ぐように、城が建っていた。

 城の正門には、二匹の狸が手に槍を持ち、辺りに鋭い視線を配っている。

「止まれ!」

 三人の姿を認めた狸は、さっと手にした槍を構えた。

「ここは、狸御殿である! 怪しい奴らめ!」

 驚いた三人は後戻りしようと、今やって来たばかりの道を振り返った。と、そこにも数匹の狸たちが、槍や、弓矢、刀を構えて立ち塞がっている。

 ぐっ、と手にした武器を三人に突きつける。

「動くな!」

 狸たちは猛然と三人を取り囲んだ。

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