第39話

  三

 報告を受けた上総ノ介は、腹を抱えて呵々と大笑いしていた。

「なんと、熱泉が噴き出したと申すか! つまりは、あれよ、河童淵は温泉だった訳じゃな?」

 藤四郎と甚左衛門は上総ノ介の前に神妙に並んで平伏していた。

「作蔵よ。そちが言っていた〝何かありそうだ〟という言葉は当たっておったな。金鉱ではなかったが、温泉は出たようじゃ」

 上総ノ介は大広間の片隅に声を掛けた。

 大広間の片隅に、山師の作蔵が苦虫を噛み潰したような表情で控えている。作蔵は、うなずいて答えた。

「まことに恥じ入り至極にございます。この作蔵、一生の不覚でございました」

 河童淵に注ぐ滝壺に藤四郎が投石器で岩を投げ入れ、そこから湧き出たのは温泉だった。温泉の温度は、びっくりするほど高く、ほとんど沸騰しているほどだった。

 藤四郎と甚左衛門はその出来事に驚いたが、河童はそれ以上だった。

 熱い湯が噴き出たその場にいた河童は、初めて体験する湯の温度に逃げ出し、同時に立ち込める硫黄などの匂いに恐慌をきたしていた。

 以降は、逃げ惑う河童たちを、甚左衛門指揮の兵たちが、草を刈るような気軽さで掃討していった。

 上総ノ介は甚左衛門に向き直った。

「甚左衛門よ、河童どもは、これに懲りて、もう作蔵たちにちょっかいは掛けまい。しかし、あそこに金は出ないことは、はっきりした。まあ、こんなこともあるわい」

 次いで作蔵に声を掛ける。

「作蔵よ、がっかりするでない。まだまだ、わが領内には人の踏み入れていない山がある。それらを丹念に探せば、金とは言わぬが、ほかのしろがねとか、あかがねくらいは出るかもしれんな。引き続き、山見立てを申し付ける」

 へへーっ、と作蔵は平伏した。

 上総ノ介は脇息に凭れ、顎を撫でる。その表情が悪戯っぽいものになる。

「それにしても、温泉とはな。河童どもは、これから先どうするつもりじゃろ?」

 にやにやと笑いが、その目に浮かんでいる。温泉に途方に暮れる河童の絵が浮かんで、上総ノ介のおかしみの感覚を刺激したのだろう。

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